「え?」

「だから、また押し付けられたんだろ。雑用」


 言葉の意味がわからず首をひねること数秒。ようやく雑用が本の整理のことだと気付いて手を叩く。

 要領の良くない私は何かと用事を頼まれることが多くて、今日に限らず授業の準備だとかノートの回収だとかをよく手伝っていた。


「押し付けられたわけじゃないよ、ちょっとお願いされただけ」

「そういうのを押し付けられたって言うんだよ」

「そうなのかな。でも、おかげで綺麗な本をいっぱい見られるし。不幸中の幸いっていうか」

「…………」


 呆れたように目をふせて、丸っこい花瓶に生けられたヒマワリが表紙の画集を手にとる。

 やがて薄い唇がわずかに開いて。


「……馬鹿だな」


 こぼれ落ちた小さな声は、あざ笑うとか、軽蔑するとかじゃなくて。
 
 うまく言えないけど……優しい声だった。


「でも、先生が本を抱えて大変そうにしてたら手伝おうかなって気にならない?」

「全然」

「ほんの十分くらいでも?」

「手伝ったところで、何の得にもならない」

「だけど、黒崎くん傘貸してくれたよね。自分が濡れちゃうだけなのに」

「……その話はもういい」


 分厚い美術書を棚にしまいながら、ぽつりぽつりとしゃべる私と黒崎くん。

 私のことを馬鹿だって言ったはずなのに、大きな手はしっかり整理を手伝ってくれていて(指摘すれば帰ってしまいそうだからなにも言わなかったけど)


 不思議。


 あれだけどう話そうか悩んでいた黒崎くんと、今、普通に会話している。