(な、なんで黒崎くんがここに……!?)

 一気にさわぎ始めた鼓動が、こめかみをどくどく揺らす。聞こえるんじゃないかと心配になるほど大きな心臓の音。

 朝のやり取りから何度も頭の中で思い浮かべてきた顔。けれどこんな風に話しかけられるなんて想像もしていなくて。


 どうしよう。
 なんて返事しよう。

 言葉が見つからなくて、緊張だけが風船みたいに膨らんでいく。


 ……というか私、なんでこんなに緊張してるんだろう。
 

「あ、あの……」
 

 よろよろと立ち上がって、乾ききった唇を舐める。

 
「先生に用ならもう帰ったけど……」
 

 なんとか当たりさわりのないセリフを口にして、三十センチ以上高い位置にある目を見上げるけれど、黒崎くんは黙ったままだ。

 そのまま。

 十秒。
 二十秒。
 三十秒。


 ……どんどん積もる時間が気まずい。


 重たい沈黙に耐えられず、何の考えもないまま口を開こうとした、時。


「………雑用?」


 言葉とともに、長い指がハードカバーの背表紙をなぞった。