足元の鞄をごそごそしながら、ぽつりと付け加える。私から見えるのは綺麗な曲線を描く背筋と整えられたうなじだけで、表情はわからない。


「いっつも怯えてて、自分の意見ひとつ言えなくて、見てるだけでイライラした。それがさあ、あの馬鹿のために人まで殺すんだから驚いたよ。何でその行動力を自分のために使わなかったんだろうね」


 プラスチックのライターを指にはさんで、要さんが顔を上げた。真正面から照明を浴びた表情は、やっぱり少し疲れている。誰かのために心を砕いた顔。

 几帳面に折りたたまれた紙にはお手本みたいな字で書かれた番号とわかりやすい地図が記されていて、私は知らず背筋を伸ばした。


「……ありがとう、ございます」

「まあ、このままだと俺も寝覚めが悪いから。ついでに、あいつの花の世話してくれたら嬉しいんだけど。家にごろごろしてんだけど、何がなんだか」

「お家に行ってもいいんですか?」 

「肩身狭いなら、俺の彼女だって言おうか」


 冗談混じりの言葉に、せっかく整えた姿勢がずるっと崩れそうになる。


「……それは、えっと、結構です」

「そこは恐れ多いですって言いなよ。とにかく、俺は忙しいから花も秀二も面倒見てられないんだよ。だから、日原さんに丸投げ」


 肩の力を抜いて、要さんは笑った。 

 本当は、私を幸記くんや黒崎くんに会わせるために画策してくれたのかもしれない。うっすら黒い目元や、ほんの少し乱れた髪に、そんなことを考える。

 だったら、私も落ち込んでいる時間なんてない。大切な人たちのために、出来る限りのことをしないと。


「要さん」

「ん?」

「ありがとうございます」


 もう一度頭を下げると要さんは呆れたように眉尻を下げて、『早く行かなきゃ日がくれるよ』と手を振った。