そして消えゆく君の声

 俺はずっと、この人が憎かった。 


 俺をこの屋敷に閉じ込め、存在を抹殺した張本人。

 俺がたった一人家族と、当人が何と言おうが兄と信じる秀二に、常軌を逸した暴力をふるう存在。


 なのに、傷を負った兄はいつも、俺でなく、腫れ上がったまぶたの隙間にうつる背中を見つめていた。


 憎い。

 憎くないはずがない。


 だから、厨房から一番長く鋭い包丁を持ち出した時も、恐れる自分にこれでいいと言い聞かせた。


 これでいい。
 こうするしかない。

 俺は決して、後悔なんてしない。


 そう思っていたのに、額には冬とも思えない汗が浮き、唇からはひっきりなしに荒い息がこぼれている。


 壊れた心臓に全身を揺さぶられ、俺は弱弱しくかぶりを振った。手にした刃は、今や鉛のように重たい。 


「……ご……」


 金属質の音が上がる。

 血まみれの床を、赤く染まった切っ先が滑った。 


「……ごめんなさい」


 ごめんなさい。
 ごめんなさい。


 でも。
 あんたがいる限り秀二は幸せになれない。