肉を裂く生々しい感触。

 汗でぬめる右手で深く柄を突き立て、一気に引き抜くと、噴き出した鮮血が見る見るうちに白いシャツを染めていく。


 振り返った体勢のまま膝を折った身体。

 脈動に合わせて噴出する血。

 床に飛んだ赤い飛沫がひざと擦れ合い、鏡面じみたフローリングを汚した。


「…………」


 血が流れ、命が失われていく様を目の当たりにして、俺は今さらながら息を飲んだ。

 心臓が轟くような勢いで脈動し、指先がわななく。


 傷を確認しなくてもわかる。

 この人はもうすぐ死ぬ。
 俺の振り上げた刃によって。


 ついにやったのだと恐る恐る掌中の刃に目をやると、べったりと濡れた表面には情けないほど動揺した自分の姿が写っていた。

 青い顔、震える唇。

 吐きそうなほど恐ろしく、視線を合わせることすら出来ないのに、倒れた当人は薄笑いすら浮かべてこちらを見上げている。


「……そっか、君はこうするべきだと思ったんだ」


 部屋をたずね、一瞬の隙を見て尖った凶器を振り上げた時も、彼は眉ひとつ動かさなかった。


 俺と彼とでは運動能力がまるで違う。

 いざとなったら刺し違える覚悟だったのに、振り返った顔は他人事のように自らの胸が貫かれる様を眺めていた。


 病院にいる弟のことでも考えていたのか。ひょっとしたら、何もかもがどうでも良くなっていたのかもしれない。