そして消えゆく君の声

「慌てなくても大丈夫だよ」


 それまで無言で立ち尽くしていた征一さんが、青いチェックのハンカチを取り出した。

 糊のきいた布地で血を拭い、おだやかに微笑む。


「出血が多いから大怪我に見えるけど、じきに止まる。さっき家に連絡を入れたから、すぐに車が迎えにくるだろうし」


 拭きそこねた赤い飛沫が、曇りのない笑みに水をさしていた。

 かざされた新しい携帯には、歪曲した室内が映っていて。


「………っ」


 気がつけば、私はそれを叩き落していた。


 目を丸くした征一さんを睨みつけて、荒い息を吐く。


 冷静な口調、車が来るという言葉にホッとしなかったと言えば嘘になる。

 でも、早鐘を打つ鼓動に押し出されたのは安堵の息ではなく、悲鳴じみた叫びだった。


「あなたが、さ、刺したんじゃないですかっ」


 語尾が震えた。

 胃がきりきりと痛んで、無意識に手を握りしめた。

 声の衝撃で涙腺がこわれたのか、急に涙があふれて、息がつまる。


「なんで黒崎くんを苦しめるんですか? お、大怪我に見えるって、大怪我ですよっ、血が出て、痛くて、でもあなたをかばってるんじゃないですか、なのにっ」


 叫んでも怒っても無意味だ。わかっている。

 だけど他にどうやって、この怒りを、心を押しつぶす悲しみを、ぶつけたらいいのかわからなかった。