そして消えゆく君の声

 手首の中央、ちょうど脈打つ場所に指の腹を当てて、征一さんは私の動揺を確かめているみたいだった。

 そして、また表情が消える。どんな顔をすればいいのかわからないのかもしれない。


「多分、僕はおかしなことをしているよね。時々思うんだ、本当にこれが正しいのかって。頼めば秀二は笑ってくれるけど、求めているものとは何か違う気もするし。周りはもっと容易く笑って、幸せだと言っているのに、どうして僕には、僕らにはそれができないんだろうって」


 遅れて浮かんだ笑顔。

 こんな状態なのに、私はそれを、点いたり消えたりする電球みたいだと思った。



「……幸福って、こんな風に手に入れるものなのかな」



 ぽつりと呟いた征一さんの指が、ふいに私の輪郭を辿って、顎を持ち上げた。

 何かを探すような眼差しに、こわばった顔の私が映っている。やがて、わずかなぬくもりを帯びた指が唇を割った。


(………い、や)


 嫌だ。
 絶対に嫌。

 怖い。
 触らないで。

 恐怖で喉が引きつる。

 首を振って拒絶の声を絞り出そうとしたけど、声帯が麻痺したように音が乗らなかった。

 助けて。
 誰か。
 誰か。
 誰か。

 歯列をなぞる指先によって、意思とは無関係に唇が開く。

 心臓が悲鳴を上げそうだった。吐息すら触れ合うほど詰められる距離、清潔に乾いた唇を重ねられそうになって、痛いほど両手を握りしめた、時。


 不意に、廊下を駆ける足音が近づいてきた。