思わず頷いて、すぐに後悔した。

 逃げれば良かった。

 だって、こうやって立っているだけでも刃物を突きつけられているように苦しい。

 用事がある、教室に鞄を置いているとでも言えば、無理に止められることもなかったかもしれない……でももう、遅い。


「その、私に用って」

「君に頼み……いや、お願いがあって」


 ゆっくり詰められる距離。

 左右対照の目が、ほんのわずかに見開かれる。笑顔。なのに、そう見えない。

 私は指を曲げて、カーディガンの裾の内へと押しこんだ。

 さっき暖房を切ったからだろうか、ひどく寒くて、力が入らない。

 緊張と不安でずきずき痛む胸をおさえて、目の前のおだやかな『形相』に視線を合わせた時。


「君と秀二は、ずいぶん近しい間柄のようだけど」


 唐突な言葉に身震いする間もなく、征一さんは突きつけた刃をゆっくり差し入れた。


「秀二から離れてほしいんだ」