そして消えゆく君の声

 ほとんど……というか、先生がまだ来ていないだけで事実上の遅刻なのに、全然悪びれていないのが伝わってくる。


「遅刻だよ」

「まだ出席取ってないだろ」


 眉間を寄せる私を無視して、遅刻常習犯、黒崎くんは読みかけの文庫本を取り出した。

 昨日のやり取りが嘘のように、声も態度も素っ気ない。

 だけど、秋から……ううん、もっともっと前から存在していた見えない壁が、今日は感じられなかった。

 それが嬉しくて、つい身を乗り出しそうになった私の前を、小柄な影が横切る。


「おい黒崎、お前なんで昨日来なかったんだよ」


 かかとを履きつぶした上靴が、騒々しい足音を立てる。

 痩せた肩を遠慮なく叩いて口を尖らせたのは、橋口くんだった。

 私や黒崎くん同様ギリギリでやってきたのか、伸びた襟足には思いきり寝癖がついていて。

 でも、二人のやり取りが気になって口を挟むどころじゃない。


 あの日と同じように返事を待つ橋口くんと、本から目を離した黒崎くん。

 四角い爪が数度本の表紙をひっかいて、薄く開いていた唇が結ばれる。


 そして。


「……ごめん」