知っている。

 俺は知っている。

 何も起こらないこと。

 何も変わらないこと。


 けれど、それを口に出すことはどうしてもできなかった。

 伝えれば、兄は納得して自身を投げ出すだろう。壊れた玩具を捨てるように。だから、代わりに膝を折って何度も乞うた。


 頼む。お願いだから。
 みんな悲しむし、自分も悲しい。

 今は無理でも、いつか何かが変わるかもしれない。どうか考え直してほしい。


 そんな言葉を片っ端から並べて、拝み倒して。

 ほとんど錯乱状態で見上げた瞳には、けれど星のまたたき程度の変化すら見られなくて。

 もしかしたら、これは自分の見る最後の兄の表情になるかもしれないというおそろしい予感が背すじを這い上がった。


「――ごめんね、でも、もう決めたから」


 笑みを深めて、踵を持ち上げる兄。

 手がぎゅっと手すりを握ったかと思えば、すぐに何のためらいもなく膝が乗り上げて、呼吸が止まりそうになった。


 駄目だ。
 駄目。
 兄さん。


 行かないで。


 それ以外には考えられなくて、俺は無我夢中で白いシャツに向かって手を伸ばした。