ほんの数メートル先で、手すりにかかった腕が怖い。

 今にも身を乗り出して、手の届かないところにいってしまいそうで。なのに。


「すごいね、場所のことなんて一言も書かなかったのに。こういうのって、兄弟だからわかるのかな」


 なのに、変わらなかった。何も。

 手本みたいな綺麗な字で、別れの挨拶を書いていたのに。


 十一月だというのに上着を着ていないその人の、兄の白いシャツが風に煽られて舞い上がった。


「…………なんで」


 なんで、あんな手紙を残したのか。
 なんで、何も言ってくれなかったのか。

 なんで、死ぬなんて。


 溢れる言葉は形にならず、ようやく吐き出した問いかけはひどく掠れる。


 それでも耳には届いたのか、兄はゆっくり空を見上げて口を開いた。


「先にひとつ聞きたいんだけどいいかな」


 と前置きをして、


「□□、お母さんが死んだとき、悲しかった?」


 唐突に向けられた言葉に、え、と短い声が口をつく。