急用が入ったから帰ると言った私に雪乃は思いきり口をとがらせて、薄情者、もう店移動したって言いなよ、袖を引っぱったけど、私の意志が変わらないと知るとため息をつきながらボーダーのマフラーを結んでくれた。


「気をつけて帰りなよ」

「うん」


 基本的に料理以外は不器用な私と違って、雪乃はマフラーを巻くのがとてもうまい。

 お礼を言って外に出ると、刺すように冷たい風が火照った顔に吹きつけた。




 店から黒崎くんの家までは、そう離れていない。

 電車で二駅。

 近くを通ったのは一度だけだったけど、純和風の大邸宅は離れた場所からでも一目でわかる存在感を放っていて、迷わずたどりつくことができた。


「ここだ……」


 街灯に照らされる高級住宅地を山側へと歩くと、やがて視界が開けて塀と門が姿を現す。

 敷地内で野球が出来そうとか武家屋敷とか色々な話を聞いていたけど、こうして正面に立つと威圧感に足がすくみそうだった。

 中が全く見えない背の高い石塀。鬱蒼としげった木々に囲まれた、巨大な邸宅。


 瓦を葺いた大きな門とかたく閉ざされたケヤキの扉は誰一人通さないと言わんばかりで、知らず心拍数が上がり始める。


(……どうしよう)