弟なら、教えてくれるかもしれない。この永遠に凪いだ人生に、変化を与えてくれるかもしれない。


 そう考えたこともあったけれど、自分を見るといつも表情を曇らせる彼からは、かつて存在したであろう光は見出せなかった。

 燃え尽きてしまったのだろうか。流星のように。何かが潰えた自分のように。


『□□はどんな時が幸せ?』


 一人佇む背中に問いかけた時の、青ざめた顔を思い出す。黙り込んで、しぼり出すような声でわからないと答えた弟。


 今まで生きてきて未練というものを感じたことはないけれど、弟の答えを知ることができなかったのは、未練かもしれない。

 それは自分の求め続けたものに、もっとも近かったはずだから。




 さて、そろそろ時間だろうかと手すりに腕をかけると、ふいに慌ただしい足音が聞こえてきた。

 行先を知られるような痕跡は残さなかったつもりだけど、どうやって辿りついたのだろう。物語なら、運命だと表現されるのだろうけど。


 お疲れさま。

 よくここが分かったね。


 どちらの言葉も「正解」でない気がしてとりあえず微笑みを作ってみたけれど、こういう機会はあまりないから何が正しいのか判断しづらい。

 がちゃがちゃと扉を開く音が聞こえてゆっくり振り返ると、頭上の空にひとすじの光が走るのが見えた。