「!」


 私は弾かれたように手すりから離れた。


 あんな顔をする人を初めて見た。何もない、何もかも死に絶えた空っぽの器。

 風にあおられた前髪の下あらわれた二つの目は、奈落のように真っ暗だった。


「どうした」

「気付かれた、かも」


 声がかすれる。


 あれが本当の征一さん。

 場にふさわしい表情を集めて、貼り付けて、張り子のように重ねていく。


 どれほどたくさんのパターンを集めても、全部模造品だ。征一さんから生まれたものでなければ、意味なんてない。

 意味がなくても、他の方法なんてない。


「慣れてるだろ。見られるのなんて」

「そう……だよね」

「どうせ、何とも思ってないんだ」


 足元のコンクリートをこする靴の音。

 ずっと同じ位置にある気配。私たちの距離が縮まることはない。


「黒崎くん、後夜祭でないの?」

「面倒くさい」

「楽しいよ」

「どうでもいい」


 変わらない。変われない。

 臆病な心は時に向き合いかけて、また背を向ける。指先を伸ばしかけて、怯えて、立ち止まって。


 それでも。


「私は、出てほしいな」

「…………」

「黒崎くんと一緒にいたい」


 距離は縮まらない。
 けれど、離れない。