そして消えゆく君の声

「まだあったんだ、ここ」


 実は私がここにやってきたのは、数年ぶりだった。


 小学生のとき今住んでいる町に引っ越してきた私は知らない道を探索しているうちにこの公園にたどりついて、以来親とケンカした日や、洋服に絵の具をつけた日なんかに、こっそり寄り道していた。

 入口横のブランコに乗りたくて、でも一人で乗るのは恥ずかしくて我慢したのをよく覚えている。


「私方向音痴でね、すぐに道に迷っちゃうんだけど、この公園だけは何度行っても見つけることができたの」


 それは、敷地の中央に目印が立っていたから。


 黄色に染まった、一際大きなクヌギの木。空に向かってまっすぐ伸びる枝葉は建物のあいだから顔を出して、こっちで遊ぼうと手招きしているみたいだった。

 年月が経って、アスレチックに保護用のゴムがついても、塗装が錆びても、長く伸びる木の影だけは変わらない。

 何だか懐かしい人に出会ったようで、背を伸ばして木を仰ぐ私。

 横に立つ幸記くんも何も言わずにたたずんでいたけれど、やがて私の手をほどくと迷いのない足取りで歩を進め、クヌギに手を伸ばした。


「幸記くん?」


 私の問いかけには答えず、厚い幹に手を這わせる。

 時とともに硬くなった木肌をさぐる右手。目を閉じてひたいを寄せる横顔は、儀式のようにおごそかで、祈りのように澄んでいた。


 澄み渡った空。ゆるやかにこぼれ、つもっていく黄色の葉。そして幸記くん。


 胸に迫るほど清廉な空気に言葉をなくす私の前に「儀式」を終えた幸記くんが駆け寄ってきた。