そして消えゆく君の声

 黒崎くんの話を聞いて以来、私はずっと、征一さんのことを考えていた。というより、勝手に頭に浮かんできた。


 何でも持っているのに、何もない征一さん。

 空っぽってどんな感じなんだろう。
 征一さんの目には、どんな世界が見えているんだろう。


 そう考えはじめると、底の見えない穴を覗き込んでいるような、深い深い穴の中から真っ暗な目の征一さんがこちらを見上げているような、ひどく不安な気持ちになって。


 けれど、考えることをやめられなかった。


 色とりどりのドレスを着た女の子に囲まれている征一さんはアスファルトみたいな色の制服を来ているのに、誰よりも物語にふさわしかった。

 チラシを手に取る仕草も歪んだリボンを直してあげる指先もおどろくほど無駄がないのにどこか優美で、磁石みたいに吸い寄せられてしまう。


 そう、物語の王子様。
 優しくて格好良くて、

 何ひとつ欠点のない……虚構の存在。


 ため息に、ドアの開く音が重なった。


 振りかえると、コンクリートに長い影が伸びていた。驚きと戸惑いに満ちた目と視線が合って。


「黒崎くん」


 名前を呼ぶと、気まずそうに下を向く。来ていたんだ。朝から見かけないから休んだのだとばかり。


「……」


 ドアノブに指をかけたまま、数秒。

 迷うように靴の裏でコンクリートをこすってから、黒崎くんはこちらへ歩み寄ってきた。


「休憩中?」
「うん。少し人に酔って」


 言いかけて、ちいさな声で言い直す。


「……ひょっとしたら、来ないかなって思ってた」