今思えば、下足でバケツを蹴り飛ばしたのも怒りからの行動じゃなかったのだろう。

 微笑んでいた征一さんとは真逆、引きつった顔でお兄さんを見ていた黒崎くん。


 あの時の黒崎くんは、理解されないことに腹を立てたんじゃなかった。理解する力を奪ったのがつらかったんだ。


(どんな気持ちで、征一さんを見てきたんだろう)


 何も言わなかった背中を思い出して、枕に顔を押しつける。

 要さんは言った。
 征一さんは壊れていると。

 その言葉に、子供のころお気に入りだったおもちゃが重なる。


 三体の人形が楽器を演奏するおもちゃはお店で一目惚れして、少し早い誕生日に買ってもらったものだったけど、毎日ネジを回して遊んでいると、ある日とつぜん不協和音を奏でるようになってしまった。


 明らかにおかしな音を、けれど楽しそうに演奏する人形。

 お父さんに相談すると修理の仕方を調べてくれたけど、替えの部品がなくて諦めるしかなかった。


『桂、この子は壊れてしまったんだ』


 目に涙を溜めた私と、苦笑するお父さんを無視して、おどけた表情で楽器を振る人形たち。

 壊れた音なんて聞こえないように。
 これこそが美しい音色だと胸をはるように。

 くり返し、くり返し。


『もう直らないんだよ』