静かな声に、息が止まりそうになる。

 開きかけた唇を、私は慌てて右手でおさえた。


 征一さんが神様?
 守ってくれた?


 どういうことだろう。今まで聞いてきた話とはまるで逆だ。


 私の知る征一さんは。

 黒崎くんの身体に惨い傷を残して、眼球すら焼こうとしたのは。


「仲のいい兄弟だったと思う。与えられるばかりの関係だったから自信ないけど。兄は親父が海外土産に買ってきた赤い飛行機の模型を持っていて、俺たちはよく、それに乗って旅をする話をした。細かいところまで作り込まれた飛行機を見ていると、どこにだって行けそうだった」


 遠い、遠いところを見るような眼差しに、ずっと昔に存在したのであろうやり取りを想像する。


 ぴかぴかに輝く機体を、同じくらい輝く瞳で眺める兄弟。プロペラに触れる小さな手。

 ささやかな、けれどかけがえのない幸せを乗せた風景は、思い描こうとすればするほど白く遠ざかっていった。雨にはばまれるように。冷えた空気に凍てつくように。


「いつか本物の飛行機に乗って、二人だけで遠い国に行くのが夢だった……でも」


 カチ、と歯の鳴る音。
 

「何の期待もされていない俺と違って、兄は忙しかった。親父との外出に、たくさんの習い事。学校行事や友達からの誘い。一緒にいられる時間は日に日に短くなって、それはしょうがないことなのに、俺は抑えられないほどの苛立ちを感じていた」