「物心ついた時から、俺は両親と不仲だった」



 温度のない漆黒の目。

 ぬらりと雨脚を映す表面は、あの夏の夜を思わせた。


「親父は出来の悪い息子が許せなかったし、母親は俺を生んだことを後悔していた。身体が弱かったから、命を削ってまで生んだのがこれかって」


 そろったまつ毛にたれ下がる雨粒が、まばたきと共に闇に消え入る。

 ひっそりした声は、けれど不思議と頭のすみずみまで届いた。


「人の機嫌を損ねるのが怖くて、同年代の子供とさえまともに話せなかった俺は、いつも兄の後ろをついて回っていた。俺を誰かと比べない、俺が「正しく」なくても無条件の愛情を注いでくれるのは兄だけだったから」

「え……」

「神様みたいな存在だった。いつも守ってくれる、いつも味方でいてくれる。俺が怪我をしたときは、自分が傷ついたみたいな顔して――」


 待って、と。

 つい制止の声をあげてしまった。
 だって、黒崎くんが何度も呼ぶ「兄」って。

 ずっと黒崎くんを守っていたのって。
 まさか。


「……征一」


 私の疑問に、黒崎くんはきれいな発音でこたえた。


「俺はずっと、征一だけを見て育ってきた」