そして消えゆく君の声

 え、と無意識の声がこぼれた。

 知らなかった。てっきり、幸記くんの傷には征一さんが残したものもあるとばかり。


 目を丸くする私に要さんが続けた。


「あいつが幸記に望んでるのは、素直に引きこもっていることだけ。おとなしくしていれば、視界にも入れないよ。前に家出を企てた時だって、サンドバッグにされたのは秀二だったしね」

「どうしてですか? どうして征一さんは、黒崎くんだけを……」

「少なくとも本人は秀二のため、愛情だと思っているだろうね」


 素っ気ない言葉とともに二本目の煙草を引っぱり出す。小さなささくれのような手触りのする声音だった。


「日原さん、征一のこと二面性の持ち主だと思ってるでしょ。優しい黒崎征一さんが、突然スイッチ入って粗暴なDV男になるみたいなさ。でも、違うんだよ。あのままなんだ。菩薩みたいな顔して、秀二、壁に手をついてごらんってね」


 イカれてるよな、と付け加えて。


「でも幸記は征一にとって無価値な人間だから、愛の鞭なんて必要ないの。俺も一緒。だから、バレなけりゃ何したってお咎めなし」


 眼中にないんだよ。


 指で挟んだ煙草をゆっくり左右に振って笑う姿は皮肉げで、自分を取り巻く環境すべてを足蹴にしているようだった。