そして消えゆく君の声

「え……」


 時が止まったみたいだった。

 耳の奥がキィンと鳴って、白んだ静寂が頭のなかを塗りつぶす。

 好き?
 誰が?
 誰を?

 耳にした言葉をうまく飲み込めず、不器用に喉を上下させる私に幸記くんは照れくさげに首をすくめて微笑んだ。

 夏の陽射しみたいに健全で、まっすぐな笑顔だった。


「おかしいよね、まだ二回しか会ってないのに。でも、初めて会った時から思ってた。俺はこの人を好きになるって」


 胸によみがえる、雨に濡れた暮色。

 草むらに座りこんでいた幸くんのウサギみたいな目と、しろいしろい手。


「あの日の俺は何もかもにうんざりしてた。家にも、弱い自分にも。とにかく腹が立って、悔しくて……悲しくて。でも、桂さんの声を聞いた瞬間、自分でも驚くほど救われた気持ちになったんだ」

「私の、声?」

「うん。何て言ったらいいのかな、優しい……っていうか、嘘がなかったから。あんなおかしな状況なのに、ただただ俺を心配してくれて。もうこんな人には会えないんだろうなって思ったから、秀二の知り合いだってわかった時は、本当に嬉しかった」


 黒目がちな瞳が照明を反射して、星空みたいにキラキラひかっている。

 茶色っぽい虹彩の真ん中に、寝癖頭の私がうつっていた。