「ねーえ、こんな女ほっといて、町に遊びに行きましょうよ、マイルズぅ」
「もう少しだからね、イルマ。でも、そんな我儘なところも好きさ……可愛いよ」

 甘ったるい声で彼におねだりする少女の存在をセシリーは全く知らない。

 まさか、自分と付き合っているその裏で、婚約者が年下女と愛を深めているだなんて、誰が予想するだろう。あぜんとしたセシリーの前で少女と胸焼けのする甘いやりとりを繰り広げると、マイルズはおざなりに一枚の書類を突きつけてきた。

「と、いうわけだ。わかったらこの書類にサインしてもらえるかな? セシリー?」
「なによこれ……」

 セシリーはそれを震える手で受けとりながら、自分と目の前のイルマとか言う少女を比較する。
 
 かろうじて伯爵家の令嬢であるというだけの()えない自分。茶色の長髪にグレーの瞳。絵に描いたような平凡な容姿で、おしゃれといえば幼いころ父に貰った、横髪をまとめた月長石(ムーンストーン)の髪留めくらい。ましになるよう努力はしてみたものの、世の中どうにもならぬこともあると最近知ったばかりの十七歳。