「……寂しいね」
「そうだな……」

 それだけの愛情を注いでもらいながら、セシリーは母のことを何もかも忘れていた。辛い目にも遭わずに幸せに育てられて……自分を一番大切にしてくれていた人を失くしたのに、なんにも知らないで、笑っていて。

 心にどんな傷を負うことになってもそれだけは……忘れたくなかったのに。

「――ごめん! お父様のせいじゃないって、言ったけど! やっぱり、酷いよ……!」
「すまん……!」

 感情がついに溢れた。セシリーは子供のように父の肩で濡れた瞼を押し付ける。オーギュストが手綱を下ろしたので馬車がゆっくりと路肩に止まると、歩いていた馬たちがどうかしたのかというように(いなな)く。

「申し訳ないよ……! 私、お母様にもう、何もしてあげられない……目に見えないけど、すごくたくさん大事なもの、もらったのに……」