しかし彼の野望はそれにとどまらず、その商売の手を社交界へまで拡げるべく、ある公爵に相談を持ちかけた。

 ファーリスデル王国では爵位の売買は認められていないものの、一定以上の階級を持つ貴族の強い推薦により、王国から審査を受けた上で稀に譲渡を認められることがある。その口利きをしてくれたのが、実はマイルズの父親……イーデル公爵だったのだ。

 魔物の出現が増えて人口が減り、税収の見込めなくなった辺境領と伯爵位という微妙な取り合わせではあったが、しかし爵位は爵位。譲渡は円満に進み、晴れてクライスベル家は伯爵家を名乗ることが許された、というわけであった――。


 そんな折に舞い込んできたのが、あのマイルズとの婚約話だ。これはイーデル家やその派閥との繋がりを深めるためのもので、彼らから取引先を紹介してもらう代わりに、クライスベル家からもイーデル公爵家へいくらか出資するという条件を盛り込んだ、結構がちがちの政略結婚、であるはずだったのだが……。

「少し前に急にイーデル公爵様がこちらにいらっしゃって、今回の結婚を白紙にしたいとおっしゃってなぁ……」

 遠い目をしたオーギュストが少し憐れに思えて、セシリーはつかんでいた襟首(えりくび)を離してやる。すると彼は、こてんと横倒しになったまま告げた。