「ぐ、お、ぉぉっ……む、娘よ! なんてことするんだ!」「なんてことするのよ!!」

 わけのわからない内に殴り倒された父親と娘の声が同時に重なったが、怒りはセシリーの方がずっと強い。父の胸倉をがしっとつかみ上げると、彼女はマイルズの婚約破棄について矢継ぎ早にまくし立てた。

「ねえ、慰謝料をもらうってどういうこと!? 私に相談もせず婚約破棄を認めたって……なんなの一体! 事と次第によっちゃ、ただじゃおかないから! その似合わない口髭、片側だけ全部剃り落としちゃうわよ!?」
「やめてくれ!! そんなことをされたら人前に出られなくなる……! 仕方なかったんだ、聞いてくれ娘よ!」

 すると、オーギュストは泣く泣く婚約破棄を受け入れた経緯を語り始めるのだが……その前に。


 ――実は、クライスベル家は元から爵位を持っていたわけではない。

 しがない貿易商だったオーギュストがセシリーと仲間をを引きつれ、貿易でこつこつと溜めた財貨で各地に商店を作り、ついに王都にまで『クライスベル商会』の看板を掲げることになったのは、つい最近のこと。