「社長業が忙しいのは分かるけれど、もう少し母と娘の関係に口出ししても良かったんでしょうね…浩樹の責任でもあるわ。鈴の精神衛生上、さっさとこうすれば良かったのかもしれないわね」
「そうだね、不要な傷痕を鈴につける前にな。今聞いた相続のこと、忘れないようにすぐに…鈴が娘になる手続きと同時に弁護士には伝えて私たちの遺言にもきちんと残すからね」

私には小さな縫い傷がある。もうほとんどわからないような傷だけれど…

「はい。よろしくお願いします」

祖父母に頭を下げた父はゆっくりと立ち上がり

「また一緒に食事しような、鈴」

と私の頭を遠慮がちに撫でる。

「うん。Ninagawa Queen's Hotelの四川料理」
「上海蟹なら来月末までだね。行こう」

視線を感じて姉を見ると

「ねぇ、おじいちゃんたちの財産ってあのマンションを購入してもまだ‘放棄’とかわざわざ言うくらいあるの?」
「いい加減にしなさい、綾。綾には関係のない財産だ」
「浩樹の言う通りよ。でも綾が‘鈴はおじいちゃんたちの子に’っていい提案をしてくれたのだから、お礼にカシミアのマフラーでも贈るわね。楽しみにしておいてね」

祖母が話は終わったと私の腕を引いて玄関まで行く。3人が靴を履き、家の外へ一歩出てから

「浩樹の3倍の財産があるなんてとても言える雰囲気じゃなかったわねぇ、あなた?」

祖母はドアが閉まる前に言った…嘘でしょ?それに、玄関のお姉ちゃんに聞こえるように言ったよね、おばあちゃん?