シーシー

 昼食を終えたニャン吉は、木陰でゴロゴロしながら、つまようじで歯の掃除中。

 今、ご馳走になった焼き魚は、農業を営む山田さんちの。

 少し開いてた台所の窓から忍び込んで失敬したもの。

 悪いと思いながらも、腹ペコになったら、理性も常識もへったくれもねぇ。

 あ~あ~、満腹、満腹。さて、めしも食ったし、昼寝でもするか……。




 スヤスヤ……

 グーグー……

 ガーガー……

 グアーッ! ガアーッ!

 なっ! なんだ? ……あああ、ビックリした。

 自分のいびきで飛び起きたニャン吉は、よだれを拭きました。


「わーい、わーい! 川遊びだ。うれしいな~」

 ん? 桃色のワンピース水着を着て、浮き輪を腰につけた人間様のガキんちょが、両親に手をつながれて、楽しそうにはしゃいでら。

 ……こんな俺らにも父ちゃんと母ちゃんは居たんだろうな。ま、気にすることはねぇか……。俺様は俺様だ。

 はぁ~あ……。なんだよ、ため息なんかつきやがって、みっともねぇ。弱音なんかはいたら、ゴロねこニャン吉の名がすたるってぇもんだ。このへんじゃ、ちっとばっか名の知れた俺様――

「キャーッ!」

 ん? あの悲鳴は、さっきのガキんちょだ!

 ニャン吉は、ゴロゴロから一転して、機敏に身を起こすと、猛スピードで駆け出しました。


 川まで行くと、浮き輪をつけたガキんちょが滝壺のほうに流されていました。

「タマーっ!」

 ガキんちょのママが、泣き叫びながら、名前を呼んでいます。

 ん? タマ? 元カノと同じ名前じゃん。

「タマコーっ!」

 ガキんちょのパパが名前を呼びました。

 ん? ……コがつくのか。ま、いいや

 ニャン吉はピューマのように、しなやかに走ると、流されているガキんちょ、タマコに追いつきました。

 タイミングよく、そばにあったぶっとい木のツルにぶら下がると、ターザンのように、

「ニャ~ニャ~ニャ~♪」

 と、おたけびを上げながら、空中ブランコのように宙に舞い上がりました。

 そして、滝壺に落ちる寸前のタマコの腕をネコ手でつかみ、川辺に上げると、

「……ヒック、……グズッ……ネコがたすけてくれたの? ヒック」

 泣きじゃくるタマコは、ヒックヒック言いながら、目をこすりました。

「ああ。だが、パパとママには内緒だよ。どっちみち信じちゃもらえないだろうがな」

「わか……ヒック……った」

「じゃあ、あばよ」

「ありが……ヒック……とう」

「何ぃ、いいってことよ。持ちつ持たれつだ」

「? ……ヒック」

「じゃあな、あばよ」

 ニャン吉はそう言い残すと、林の中に消えていきました。


「タマコー!」
「タマちゃーん!」

 パパとママが走ってきました。

「大丈夫? ああ、無事でよかったわ。……誰に助けてもらったの?」

 ママがタマコの頭をなでました。

「……ネコ」

 タマコの言葉に、パパとママは顔を合わせました。

「……とにかく、よかった」

「ほんと、ケガがなくてよかったわ。さあ、帰りましょう」

 パパとママがタマコの手を握りました。

「……しろとくろのざっしゅ」

 タマコの言葉に、パパとママは目を合わせると、互いに作り笑いをしました。

「……しゃべったの。オスのネコ」

 タマコの言葉に、パパとママは目を合わせると、またまた作り笑いをしました。



 ったく、ネコ騒がせなガキんちょだぜ。お陰で昼寝もろくすっぽできなかった。

 さて、晩飯は誰んちのを失敬するかな……。山田さんちばっかじゃ悪いから、林業の吉田さんちにするか……。

 では、それまで一寝入り、っと。



「……しろくろのオス」

 ん? タマコの声だ。

「ずんぐりむっくりのざっしゅ」

 ったく、助けてもらって、その言いぐさはねぇだろ? よりによって、ずんぐりむっくりの雑種だなんて。

 嘘でもいいから、血統書付きのシャムとかペルシャとかって、言ってほしかったなぁ……。





「つまようじ、くわえてた」

 トホホ……そこまで言うかぁ。