教室に向かって歩きながら、雪森くんは「そういえば」といった。

 「この間のファイルの中身ってなんだったの?」

 「え? ああ……。五月ごろになにかやるつもりなんだって」

 「イベント?」

 「たぶん……」

 「学校に泊まるとかいいな。校庭でキャンプファイヤーでもやって」

 「ええ、わたしはやだ!」

 思わず大きな声を出してしまった。

 「そうなの?」

 「だって、学校にいたら夜ごはんのあとにデザート食べられないじゃん!」

 「うわ、なにそれかわいい」と雪森くんが笑う。ふと冷静になって、かあっと顔が熱くなる。

 「夜のあとになにか食べるの?」

 「……アイスとか」

 「とか?」

 「……袋に何個か入ってるパン……みたいな……」

 「へええ、かわいい。パン、好きなの?」

 「……うん……」

 「かわいい」

 ああもう……消えてしまいたい……。

 わたしはこっそり深呼吸をした。

 「……口癖?」

 「なにが?」

 「かわいいって」

 「俺はほんとうに思ったことしかいわないよ」

 「口癖ってわけじゃないってこと?」

 「紺谷がかわいいからいうんだよ」

 「……雪森くんはほんとうに美人が好きなの?」

 「好きだよ。ぶすだけはまじで嫌い。ぶすは他人を不幸にする」

 なにもいえなくなる。どうしてそんなに、美しいかそうじゃないかにこだわるんだろう。

 「……なにか、あったの?……きれいじゃない人と」

 「俺自身がなにかあったわけじゃないよ。ただ、桃原と秋野のぶすにはバケツで水かけてやったけど」

 きゅっと、のどの奥がしまった。

 「なんで、」と声を出すのに時間がかかった。

 「なんでそんなこと……いじめじゃん」

 「そうも見えるかもしれないね。実際、先生にはすっげえ怒られたし。でも俺は後悔してない。気分は最高だった」

 「……おかしいよ……」

 「びっくりしたのとちょっとキレてるのとが混ざったあの顔。携帯さえあれば写真に撮ってたね」

 思わず足が止まった。雪森くんも一歩先で足を止め、こちらを振り返る。

 「なんで? なんでそんなことするの? 桃原さんと秋野さんがなにをしたっていうの?」

 「あいつらは最低だよ。俺はあのくずなぶすに、真夏に水をかけた。水をかけるなら冬にするべきだった」

 「なんでそんな……。雪森くんの好みに合わない人は、そんなに酷い目に遭わないといけないの?」

 雪森くんはふっと、ほんの少し笑った。

 「俺は、気に入らないやつって放っておけないんだ」