「後ろ手にドアを閉めると、ヘンリーは一方の手でアンジェリカの髪を撫で、もう一方の手を腰に回した」

 皐月くんは丁寧に説明しながら、ロマンス小説のヒーローの動きを真似る。片手はわたしの髪の毛に、もう片手はわたしの腰に。

 「そしてアンジェリカの腰を抱き寄せて、ゆっくり、焦らすように唇を近づける」

 その吐息さえふれるほど、お互いの唇が近づく。

 「……き、きょうの、……激しくない……?」

 「ごめんね莉央、俺はちょっとやいた(、、、)んだ」

 ああ、また。やいた(、、、)。この間にも、わたしが青柳くんと話したときにいっていた言葉。

 「嫉妬(、、)したんだよ」と皐月くんは囁く。

 「青柳に嫉妬した。莉央に近づいてたから。しかもきょうは、莉央のかわいい匂いまで嗅いでた。なんであんなこと許したの? 俺にも厳しいのに」

 「……だっ、て……皐月くんが……」

 「俺のせい?」

 「皐月くんが、変なこというから……。ほ、ほんとうに、変な匂いじゃないのか……確認してもらったの……。どんな匂いでも、青柳くんに確認してもらうより、……皐月くんに嗅がれるほうが……恥ずかしいから……」

 「俺を妬かせるためじゃないの?」

 「……そんなんじゃ……」

 「ねえ莉央。キスしていい?」

 「っ……!」

 ほっぺたに、なんかじゃない。きょうの皐月くんは本気だ。ほっぺたなんかじゃ済まない。唇に、……するつもりだ。

 「かわいい天使さん? 俺はね、たぶん独占欲の塊だよ。何事もきみの一番じゃなきゃ気が済まない。きみの、唯一じゃなきゃ満足できない」

 ……そんなの、わたしだって同じようなものなのに……。

 「俺はロマンス小説のヒーローとはほど遠い男だから」

 そんなことない……。

 「美しくないし、完璧なんてもし俺にいう人がいたら、それは嫌味に違いない、そんな男だから」

 もう、わかった……。

 「だから——」

 わかったってば——。

 ほんの、数ミリ。ふれずにいたのが不思議なほどの距離を、わたしは押しつぶした。

 小説の中でアンジェリカがしたみたいに、でもアンジェリカのような自信は持てないまま。

 わたしだって、なれるものなら皐月くんの一番になりたい。
 わたしだって、どうにかして皐月くんの唯一になりたいの。

 それを伝えたくて、受け入れるより先に、差し出した。

 「……莉央……!」

 ほんの少しだけ離れた唇の間で、わたしは「皐月くんは?」と笑ってみる。

 アンジェリカが、あなたからはしてくれないの、ヘンリー? と笑ったように。

 そっと、唇にやわらかいものがふれた。差し出すのと受け入れるのは、まるで違う。

 ほっぺたにしてくれたときみたいに、わたしの恥ずかしさを倍増させるみたいに、皐月くんは小さく音を立てて唇を離した。

 「好きだよ、莉央。大好き」

 「わたしも」と答えると、物足りないというみたいに、皐月くんは片方の眉毛を持ちあげた。

 「わたしも、……大好きだよ、皐月くん」

 皐月くんはわたしの首のあたりに顔を寄せると、すんすんと鼻を鳴らした。

 「はあ……いい匂い」

 「もう……」


 美人好きの雪森くんは、変態さんです。



(ぽっちゃり天使!〜美人好きの雪森くんの様子がおかしいんです…〜)