莉央はテーブルをはさんだ先で、「食べものはおいしそうに盛るとおいしさが増していいんだよ」といってきれいに盛ってきたパンのひとつをはむっとほおばった。

 俺も自分の盛ってきたパンのひとつをかじる。

 「あ、うまい」

 「ほんと? よかったあ」

 ふわりと笑みを広げる莉央にうなずく。

 「パンって違いわかんないと思ってたけど、おいしい」

 「斜めに切れてるかたそうなパン、あったでしょ。あれもすっごくおいしいの」

 「フランスパンみたいな?」

 「そうそう。じっくりじっくり噛むと、どんどんおいしくなってくるの。あ、もちろん口に入れてすぐもおいしいよ」

 「かわいい。次持ってきてみるよ」

 「うん、ぜひ」

 天使が誘ってきた! と、なにも考えずについてきたけれども、ひとつ心配なことがある。

 莉央の姿を眺めながら、満足に食べられるだろうか。

 恋わずらいというやつなのか、給食を食べるのも時間がかかるようになっている。去年までは真っ先に食べ終えて、片づけまでの間は食休みくらいの感覚でいたこの俺が。

 といって、莉央を見ないということもできない。両手でパンを持ってもぐもぐしている姿は目の奥深くにまで焼きつけておきたい。

 「そういえば」

 「どうした?」

 「雪森くんって、皐月くんなんだよね」

 「名前?」

 「うん。最初、ちょっとぴんとこなかった」

 「ぴんとこなかった?」と聞き返しながら笑ってしまう。

 「雪森っていう名字と、イメージが全然違うから」

 「雪で涼しげなのに急にあったかくなっちゃった、みたいな?」

 「うん。でもそれと一緒に、わたしも、ふづきとかって名前ならよかったなって。おそろいっぽくて」

 「七月生まれなの?」

 「うん、七日。七夕の日」

 「ちょうど二か月と二日違いだ」

 「子供の日?」

 「兜かぶって生まれてきたんだよ。その兜、リビングに飾ってある」

 「うそ⁉︎」と無邪気に驚く莉央に「今度見てみる? へその緒と一緒に大事にとってあるんだよ」といってみると、とうとう「え、ほんと?」と疑うように返ってきた。「冗談冗談」と笑い返すと、莉央は「びっくりしたあ」と笑う。

 「一回本気で信じちゃったじゃん」

 「かわいいよね。ほんとかわいい」

 「わたしだってあれだよ? 笹のおくるみに包まれて生まれてきたって」

 「おくるみ?」

 「赤ちゃんを包む布だよ」

 「あ、想像したらすごいかわいい」

 「リビングにへその緒と一緒に飾ってあるの、その笹のおくるみ」

 「いいね、毎年そのおくるみにお願いできる」

 「冗談だからね?」という莉央に「そうなの?」と大げさに返してみると、「意地悪」と唇をとがらせた。