部活動は週に四日あって、週に一日、金曜日だけがない。
「歌うのは好き? 合唱に興味ない?」と声をかけてくれたのは、二年生の島田先輩だった。普通に話しているときでも声がきれいな、背の高い女の人。
部活は一番初めに声をかけられたところに入ると決めていた。見学にいくのも楽しそうだけれど、どれも魅力的に見えてしまって自分で決めるのは難しいと思ったから。
わたしは実際に合唱部に入った。島田先輩が、部活の勧誘では一番はじめに声をかけてくれた人だったから。
おなかとかのどとか、体のこんなところに力を入れることってできるんだと驚くようなところにばかり力を入れさせられた。自分の口からは出そうにもない声を出させられた。自分の体が古い楽器のように思えた。古く錆びついた、壊れかけの楽器。
ほんの何日かやっただけで、体の変なところが筋肉痛みたいになった。
そんな状態でやっと訪れた金曜日の放課後。
わたしは先生の机の横で、大量のファイルが入ったトートバッグを持ちあげようとしている。腕は筋肉痛にはなっていないけれど、おなかがすっかり筋肉痛なもので、ファイルを抱えたところで、よっこいしょと体を起こすのが大変。
「大変そうだね」とやさしい声がした。振り返った先にいた人物を見て、びくりと体が震えるほど驚いた。
「ゆ、雪森くん……⁉︎」
普段聞く声とはまるで違う。こんなやさしい声も出すんだ……。
「な、なにしてるの?」
「本、忘れて」
「そう……」
そっか、いつも読んでるもんね。
「紺谷は?」
「さっき、……先生から電話があって」
雪森くんはいぶかしむように、眉根をきゅっと寄せた。
「電話?」
「あ、その……教室の電話が鳴って。出てみたら坂本先生だったの」
「なんだって?」
「机の横にファイルが入ったバッグがあるだろうって。……それを持ってきてほしいって」
「ばかじゃねえの」と雪森くんは低い声で吐き捨てた。
「いいよ、俺持っていくよ」というと、雪森くんはこちらまで歩いてきた。「どこまで持ってこいって?」
「職員室……。え、でもいいよ、悪いよ」
「いいからいいから。女子の仕事じゃないっしょ」
重たいバッグをひょいよ持ちあげる。
「ちゃんと持っていっとくから、帰りなよ。ちょっと曇ってるし、暗くなっても雨降ってきても危ないよ」
「え、……あ、うん……」
むしろこっちから職員室の電話鳴らしてやってもいいな、という雪森くんに笑いそうになったのを押しこんで、「あの」と声をかける。
雪森くんはなんでもないように、「うん?」と振り返る。
「そ、その……なにか、いいことでもあったの?」
「ん?……いや、特にないよ。なんで?」
「いや、その……なんか、普段と様子が違うなって……」
「そう? でも、ほんとはいいことあった」
「なに?」と聞いてみると、雪森くんはぱっと花が咲いたみたいに笑った。
「本取りにきたら、紺谷がいたこと」
なにが起きたのか、まるでわからなかった。しんとした頭の中が、ちょっとずつ動き出す。
それでも、「なにそれ」と笑うのが精いっぱい。
「紺谷ってかわいいよね」
ああ、せっかく動き出した頭が、またしんとしていく。
「顔赤いよ。照れた?」
「てれ……てない、照れてない!」
「はは、かわいい」
錆びた歯車が大きな音を立ててなんとか動くみたいに、ほんの少しだけ動くようになった頭が、雪森くんのひどい言葉を思い出す。美人が好き。ぶすが嫌い。おまえ、美人じゃないじゃん。
「……わ、わたしは美人じゃないよ」
「そうなの? 俺にはそうは思えないけど」
ああもう……。どうせ嘘なのに、からかってるだけなのに……どうせ、やさしい声の奥ではでぶとかぶすとか思ってるくせに……それくらいのこと、わかってるのに。
なんで、顔、……熱くなるかな……。
「歌うのは好き? 合唱に興味ない?」と声をかけてくれたのは、二年生の島田先輩だった。普通に話しているときでも声がきれいな、背の高い女の人。
部活は一番初めに声をかけられたところに入ると決めていた。見学にいくのも楽しそうだけれど、どれも魅力的に見えてしまって自分で決めるのは難しいと思ったから。
わたしは実際に合唱部に入った。島田先輩が、部活の勧誘では一番はじめに声をかけてくれた人だったから。
おなかとかのどとか、体のこんなところに力を入れることってできるんだと驚くようなところにばかり力を入れさせられた。自分の口からは出そうにもない声を出させられた。自分の体が古い楽器のように思えた。古く錆びついた、壊れかけの楽器。
ほんの何日かやっただけで、体の変なところが筋肉痛みたいになった。
そんな状態でやっと訪れた金曜日の放課後。
わたしは先生の机の横で、大量のファイルが入ったトートバッグを持ちあげようとしている。腕は筋肉痛にはなっていないけれど、おなかがすっかり筋肉痛なもので、ファイルを抱えたところで、よっこいしょと体を起こすのが大変。
「大変そうだね」とやさしい声がした。振り返った先にいた人物を見て、びくりと体が震えるほど驚いた。
「ゆ、雪森くん……⁉︎」
普段聞く声とはまるで違う。こんなやさしい声も出すんだ……。
「な、なにしてるの?」
「本、忘れて」
「そう……」
そっか、いつも読んでるもんね。
「紺谷は?」
「さっき、……先生から電話があって」
雪森くんはいぶかしむように、眉根をきゅっと寄せた。
「電話?」
「あ、その……教室の電話が鳴って。出てみたら坂本先生だったの」
「なんだって?」
「机の横にファイルが入ったバッグがあるだろうって。……それを持ってきてほしいって」
「ばかじゃねえの」と雪森くんは低い声で吐き捨てた。
「いいよ、俺持っていくよ」というと、雪森くんはこちらまで歩いてきた。「どこまで持ってこいって?」
「職員室……。え、でもいいよ、悪いよ」
「いいからいいから。女子の仕事じゃないっしょ」
重たいバッグをひょいよ持ちあげる。
「ちゃんと持っていっとくから、帰りなよ。ちょっと曇ってるし、暗くなっても雨降ってきても危ないよ」
「え、……あ、うん……」
むしろこっちから職員室の電話鳴らしてやってもいいな、という雪森くんに笑いそうになったのを押しこんで、「あの」と声をかける。
雪森くんはなんでもないように、「うん?」と振り返る。
「そ、その……なにか、いいことでもあったの?」
「ん?……いや、特にないよ。なんで?」
「いや、その……なんか、普段と様子が違うなって……」
「そう? でも、ほんとはいいことあった」
「なに?」と聞いてみると、雪森くんはぱっと花が咲いたみたいに笑った。
「本取りにきたら、紺谷がいたこと」
なにが起きたのか、まるでわからなかった。しんとした頭の中が、ちょっとずつ動き出す。
それでも、「なにそれ」と笑うのが精いっぱい。
「紺谷ってかわいいよね」
ああ、せっかく動き出した頭が、またしんとしていく。
「顔赤いよ。照れた?」
「てれ……てない、照れてない!」
「はは、かわいい」
錆びた歯車が大きな音を立ててなんとか動くみたいに、ほんの少しだけ動くようになった頭が、雪森くんのひどい言葉を思い出す。美人が好き。ぶすが嫌い。おまえ、美人じゃないじゃん。
「……わ、わたしは美人じゃないよ」
「そうなの? 俺にはそうは思えないけど」
ああもう……。どうせ嘘なのに、からかってるだけなのに……どうせ、やさしい声の奥ではでぶとかぶすとか思ってるくせに……それくらいのこと、わかってるのに。
なんで、顔、……熱くなるかな……。



