しばらくしてベッドをおりた。

 皐月くんは切り取ったスケッチブックの一ページに、シャープペンシルを走らせる。わたしもまた、同じように文字を並べていく。

 わたしはヒーローのブライアン自身についてと、その人間関係などを。皐月くんはヒロインのニーナ自身についてと、その人間関係などを、思い思いに書いていく。あとで紙をぐるりと回して、お互いの書いたことに足りないものがあれば、足していく。

 「まあ、こんなもんかな」と皐月くん。わたしがうなずくと、紙の向きを変えた。皐月くんが書いた文字がわたしの前に回ってくる。

 皐月くんの書いた文字をまじまじと見るのははじめてだった。大きくはっきりした字。なんだか皐月くんをそのまま現したみたいな、とっても力強い字。

 ふと、皐月くんが息をついた。

 どうしたのかと思えば、「莉央って字もかわいいんだね」なんていうから恥ずかしくてしょうがない。

 「いいから、足りないところ書いてよ……」

 「かわいいなあもう……」

 ニーナは十九歳の女性、公爵令嬢。三歳離れた妹のオリヴィアを溺愛している。お父さんのお兄さんが国王で、王はニーナとオリヴィアをとてもかわいがっている。

 ニーナはお屋敷に住みこみで働いているクリスに、オリヴィアは、こちらもやっぱりお屋敷に住みこみで働いている庭師のチェスターに、思いを寄せられている。姉妹はそれぞれ——特にオリヴィアはほかに好きな人がいるので——クリスにもチェスターにも特別な思いは持っていない。

 「うん、特に足りないところはないんじゃないかな」と、ちょうどわたしがいおうとしたところで皐月くんがいった。

 また紙が、テーブルの上でくるりと回る。

 ブライアンは二十一歳の男性。こちらは、元、次期公爵。公爵とはいっても、次期だし二十一歳という年齢から見ても当然なように、ニーナやアリヴィアのお父さんというわけではない。

 ブライアンは王妃の弟の子、王妃の甥っ子で、もはやニーナやオリヴィアとは他人のようなものだけれど、もしかしたらこの三人の関係を表す言葉があるのかもしれない。作中には出てこなかったけれど。

 ブライアン、元次期公爵。元、というのは、以前にとんでもない問題を起こして、親から縁を切られているから。爵位はブライアンの弟が継ぐことになった。

 ブライアンは現在、隣の国に移り、そこで王の側近にまで成りあがった。

 そしてブライアンの仕えている国王、今とっても困っている。