昼休み、「よう、雪森よ」という声が聞こえた。その声に呼ばれた雪森という名前が、とても大きくなって耳に飛びこんできた。

 わたしは五時間目の授業に備えて教科書を読むふりをして、意識をその声の聞こえたほうへ向けた。また、盗み聞き。

 「北小のほうにおまえ好みの美人はいた?」

 「ん? ああ、まあ……」

 「へええ。誰?」

 「いうかよ」と雪森くんがちょっと笑った。

 「雪森の美人レーダーはどこで反応するかわからないからなあ……。赤井とかいっちゃう?」

 「ぶすだとは思わないけど」

 「ていうかなに、なんか元気なくね?」

 「俺って、美人を好きでいいのかな」

 「はあ?」

 わたしは自分の耳が、ぴくぴくと動くのを感じた。雪森くん、もしかして昨日、高瀬さんにいわれたことが効いてる?

 「俺は美人が好きだけど、美人は俺を好きじゃないかもしれない」

 「ええ、急に冷静になるじゃん」と雪森くんの相手は笑う。毒舌。

 「だって、美人ってきれいじゃん。めちゃくちゃきれいじゃん。それに比べて、俺はどうだ……? ああいうきれいな人を好きになるには、ちょっと汚くないか?」

 「平気で人さまを美人とかぶすとかふりわけてるようじゃ、汚いよな」

 「美人ってきっと、ぶす相手にぶすとかいわないよな」

 「いや、人によるんじゃね?」

 思わず、たしかにと口に出しそうになる。

 美人でも——

 「美人でもズバッという人はいうだろ」

 ああ、全部いわれた。

 「ああそうか、ほんとうの美人は芯がしっかりしてるのか!」

 「いや、おまえ美人以外への当たり強すぎだろ」と相手が苦笑いする。

 「なに、美人じゃない人には面と向かってぶすっていわなきゃいけないの?」

 「いけないことはないけど、ちゃんといえるくらい強い人のほうがいい」

 「だから美人以外への当たりが強すぎるんだって。美人じゃない人が美人じゃない人にぶすっていったらどう思うんだ、雪森は?」

 「美人じゃない程度による。ぶすがぶすにぶすっていってても、どの口がほざいてるんだって思う」

 「ふうん……。で、おまえは人さまにぶすとかなんとかいうわけだけど、おまえは自分のことどう思ってるわけ?」

 「俺好みの美人よりはずっと醜いかと」

 「ずいぶんな美形がお好きなようで」と呆れたようにいう相手に、雪森くんは「美形?」と聞き返した。

 どういうこと? 雪森くんの中では美人と美形は違う意味になるの?