「ジョシュアに惹かれていくのは自然だった思うよ。ヴィンセントとシャロンの恋を見届けて負った傷から目を背けようとしてたところに、あんなふうに真っ直ぐに好きって気持ちを伝えてくれる人に出会ったら、そりゃあ惹かれちゃうよ」

 「どうしてそこで惹かれちゃうの。ジュネヴィエーヴは『わたしにはヴィンセントしかいない』とか『世界にふたりっきりしかいないみたいに、この目はヴィンセントしか見られない』とかいってたでしょう。

そんなヴィンセントに失恋して、なんでふらっと現れた客に告られて惹かれちゃうの」

 「ヴィンセントはジュネヴィエーヴにとって世界の全部みたいだった」

 「そうだよね」

 わたしは「うん」とうなずいて、文庫本を手に取った。ページをめくって、ある一文を探す。

 「でもそんなヴィンセントがシャロンと結ばれちゃったことで、……あった、ジュネヴィエーヴの世界は、『音を立てて壊れ、足元のがれきになってしまった』んだよ」

 「それだけ悲しんでるわけでしょ?」

 「『世界が音を立てて壊れ、足元のがれきになってしまった』っていうのは、大げさでもたとえでもないんだよ」

 わたしは本をテーブルに戻した。

 「ジュネヴィエーヴはヴィンセントに恋をしていることで、視野が狭くなってたの。ジュネヴィエーヴは自分で、自分以外にはヴィンセントしかいない世界に閉じこもってたんだよ。

その世界が壊れて、がらがらっと足元に崩れていったことで、ほんとうの世界が見えるようになった。そこにはヴィンセント以外の男性もいるし、自分以外の女性もいる。自分より幸せそうな人もいれば、そうじゃない人もいる。自分と同じような場所にいる人もいる。

そういうほんとうの世界が見えたところに、ジョシュアが現れた。突然広くなった、安全なのか危険なのかもわからない世界に困惑してるところに、だよ。誰かしら隣で手を握ってくれる人にいてほしいって思うのは、全然、不自然なことじゃないと思うの」

 「ああ、そういうこと!」

 なるほどね、と皐月くんは大げさなほどに納得している。

 「ヴィンセントがほかの人のところにいっちゃって、なにも見えなくなっちゃったってわけじゃなかったんだ! そうか、逆によく見えるようになったんだ。真っ暗闇でヴィンセントだけが光だったのに、そのヴィンセントが遠くにいっちゃって自分の周りは真っ暗、ってわけじゃなくてね」

 「わたしはそう読んだよ」

 「なるほどね。ジュネヴィエーヴは勝手に閉じこもってたんだ。そう、俺、ジュネヴィエーヴがヴィンセントを唯一の頼りみたいにしてるんだと思ったから、ヴィンセントもなんかひでえやつだなと思ってたの。それだけ必死に思ってる女の人をなんでそう放っておけるかなって。そっか、勝手に思ってるだけだったら、そりゃ気づかないよね」

 「さっきヴィンセントにちょっと当たり強かったのって、そのせい?」とわたしが笑うと、さつきくんは恥ずかしそうに笑って小さくうなずいた。

 「シャロンほどの人がなんでヴィンセントなんかに、みたいな感じだったもんね」といってみると、「そこまでいってない、そこまではいってない!」と笑った声が返ってきた。

 「いやあ、なんか……ヴィンセントはまともなやつだし——」

 「まともっていっちゃった」とつっこむと、皐月くんはふふふと笑う。……かわいい。

 「ジュネヴィエーヴも尻軽ってわけでもなかったし——」

 「ジュネヴィエーヴのこともなかなかに嫌いだったんだ」

 「なんか、正しく読めてればもっといい話じゃん」

 「わたしのこの話の受け取りかたが正しいかはわからないけど、すごくいい話だったよ」