幸福に満ち満ちながら、もっ、もっ、とパンをあじわう。

 パンは、おいしいものは世界を救う。“おいしい”と感じるとき、その人の世界は平和に違いない。元気で安全なときにしか、おいしいとは思えないはずだから。

 ああ、わたしの世界はどこまでも平和……!

 パンを飲みこんで、牛乳を一口。おいしいパンとおいしい牛乳。これだけでどれだけの人が救われるだろう。

 「莉央ってほんとうにおいしそうに食べるよね」と皐月くん。四つの席を合わせてひとつにした班の、斜め前の席から見つめてくる。

 急に我に返って、顔や体が熱くなるのを感じると、隣で工藤さんがため息をついた。

 直後、皐月くんが「いたっ」と声をこぼす。

 「いちゃつかないでくれる、バカップル?」

 「へえ」と皐月くんが意地悪な笑みを浮かべる。「俺たちってクラスでも公認カップル?」

 「調子にのるな」と工藤さんは冷静。

 「なになに、莉央みたいなかわいい天使と一緒にいられる俺に嫉妬してるの?」

 「はあ?」

 「莉央ってほんと天使だと思うんだよ。もうとにかくかわいい。莉央よりかわいい人っている?」

 「やめてやれよ雪森」と榊くんが笑う。

 「工藤、これでもおまえに告ってるつもりなんじゃねえの?」

 「ええ? 照れるなあ。工藤もなかなか美人だよね。天使って感じじゃないけど。きれいだけど棘がある感じ。バラみたいな」

 「うざ」という工藤さんのつぶやきを受け取って、皐月くんは榊くんに「ああほら、棘ささった」と笑う。

 「え、ていうか雪森にとって工藤って美人に入るの?」

 本人の前でそんな話するの……?と驚きつつ、話の雲行きを見守る。

 「工藤は美人だよ、目がきれいだもん」

 「目?」

 「美人って大体、目がきれいでしょ?」

 「ええ、でも工藤って目小さくねえ?」

 「大きさなんか構うもんか」

 わたしは思わず笑いそうになるのをこらえる。皐月くんが話に熱くなってきた。言葉を聞いていればわかる。皐月くんは会話に熱が入ってくると、ちょっとおじさんみたいな話しかたになるんだもの。これを、もしかしたらクラスでわたししか知らないんじゃないかと思ってみると、とっても嬉しくなる。

 「いいか榊。どれだけ目が大きくてもよどんでれば、そいつは少なくとも九十八パーセントの確率でぶすだ」

 「美人にはきらきらしたオーラが必要ってこと?」

 「きらきらっていうよりは神々しさだよ。ほら、莉央の目を見てごらん。ガラス玉みたいでさ、透きとおってるでしょ。やさしさに満ちた神様みたいな目をしてる」

 「ええ……? ちょっと茶色っぽいだけじゃないの……?」

 「はあ。榊、おまえには美人とぶすの見分けもつかないわけ?」

 「紺谷だったら工藤のほうが美人っぽいけど」

 「たしかに工藤も美人だよ。かなりの美人だよ」

 「かなり? なんでまた」

 「工藤はきっと、俺を好きじゃない」

 「たしかに、大っ嫌い(、、、、)とまではいわないけど大嫌い(、、、)」と工藤さん。

 「なに、顔じゃなくて? 『俺に惚れねえなんて、ふっ……おもしれえ女』みたいなこと?」

 「やれやれ」と皐月くんは首を横にふる。「俺が莉央に近づけたのは、周りがみんな美人を見抜けないお間抜けさんだったからなんだね」

 「ええ、紺谷ってそんなにいうほどかわいいのか……?」

 「つまんないねえ。顔なんかについて議論してどうすんのさ」

 「そのいいかただと、紺谷が顔はかわいくないみたいになるけど」

 「莉央の顔はかわいいよ。こんなにかわいい顔はない。だから美人なんだよ」

 「え?」

 「顔にはその人の性格が出るもんでしょ。莉央の顔には莉央の魅力が全部映し出されてる」

 「じゃあなに、雪森って性格がよさそうな人を美人って呼んで、性格が悪そうな人をぶすっていってるの?」

 「ほかに美人とぶすの違いってなにがあんのさ」と皐月くんはなんでもないように聞き返す。

 「ええ、はじめて知った」と榊くん。

 「だから桃原さんとかはぶす呼ばわりしてるんだ。見た目は間違いなく美人なのに」

 「顔にも性格のぶすさがにじみ出てると思うけどね」

 「ふうん……。顔と性格って一緒なんだ」

 「いや、顔から受けた印象と実際の性格が違った人もいたよ。百パーセントなんて絶対にないんだから」