三人で相談室を出て、先生を見送ると、雪森くんは「紺谷」とわたしを呼んだ。熱い手が、手首をつかむ。

 「……俺は、やっぱり待てないから、……ヒーローじゃ——」

 「わたしは、雪森くんのヒロインになりたいよ」

 一音一音、ちゃんと届くように、ゆっくりはっきりと答えた。

 雪森くんはくしゃっと笑う。

 「やだね、泣けてくるじゃん」

 「泣いてる場合じゃないよ、ジョナス」

 雪森くんは、まるで半分泣いているみたいな顔で笑った。それが目に焼きついて、気がついたら制服の生地が顔にあたっていた。顔も体も、すごくあたたかい。

 「ああ……好きだよ。俺の天使……」

 雪森くんは、はあと息をつく。

 「紺谷、いい匂いする」

 「え?」

 「かわいい。かわいい匂いがする」

 「やっ、ちょっと……!」

 雪森くんのあたたかい腕の中で必死にもがく間も、すんすんと音がする。

 「か、嗅がないで……!」

 「はあ、かわいい」

 ふっと腕の力が緩んで、雪森くんを見あげる。

 「ねえ、紺谷」

 「なに……?」

 「このまま戻ったら、きっとこそこそされるよ」

 「え……?」

 「雪森と紺谷、なんかあったんじゃね?って」

 「え……、で、でも、雪森くんの声しか聞かないって決めた——」

 ふわりと、唇にふれるものがあった。雪森くんの、指。

 「俺たちが無視しても、周りは俺たちを見るよ」

 「……!」

 「だからさ、見せつけてやろうよ」

 そっと、唇から指が離れていく。

 「かわいい天使」

 「っ……!」

 「俺の名前、呼んでよ」

 彼はわたしの髪を指に絡めると、「莉央」とやさしい声で囁いた。