「で、ふたりが誰かのこと、なにかのことをうざいっていってても、べつに気にしなかったんです。うざいとか嫌いとか聞こえるたびに、誰のことだかなんのことだかって首つっこんで、いちいちそうだよねともそんなことなくねともいいませんから。

でもいつだったか、ふたりがいう『うざい』の前に、あのおとなしい女子の名前が聞こえたことがあったんです。ふたりのいうことやることに注意してたわけじゃなくて、席も近いし、大きい声でしゃべってるしで、こっちがなにもしゃべってないときなんかは特に、勝手に耳に入ってくるんですよ。

で、それからちょっと、そのおとなしい女子のことが気になりはじめて。俺はその女子のことはなんとも思ってなかったし、その女子も、おとなしいけどべつに浮いてるって感じでもなかったんで、ふたりとなんかあったのかなとか思って。まあ、ふたりとなんかあったにしても、首をつっこむ気なんて一ミリもなかったんですけど。

それでも、いつかの掃除の前です。その日、俺は昇降口が掃除場所で、昼休みは外にいたんで、掃除場所にもすぐいけるし、急いで中に戻ることもしないで、だらだら歩いてたんです。外で遊んでた人がいなくならないと掃除もはじめられないし。

そうしてたら、うさぎ小屋の近くに、桃原と秋野と、あの三人がいるのが見えたんです。ちょうど、昇降口からちょっと左のほうを振り返ると、うさぎ小屋が見える感じだったんです。なんかふっと見てみたら、三人の姿が見えた。昼休み終わりのチャイムが鳴ってるのに、まるで気にしてないみたいに、三人はいるんです、うさぎ小屋の近くに。

掃除をはじめてから三人が戻ってきても、……また靴が歩いたところを掃除しなきゃいけないのが、まあちょっとめんどくさいんで、その三人を呼びにいったんです。そうしたら、桃原と秋野だけ、なんでもないようにふらっと昇降口のほうに戻っていくんです。その女子だけ、俺の前に残る感じになりました」

 雪森くんはもう一口、水を飲んだ。今度はなにもいわず、テーブルにコップを戻す。

 「ああいうときって、どう声かけたらいいんですかね。まあ結局、俺は『戻らないの?』っていって。相手が下向いたまんまなにもいわないんで、『大丈夫?』って聞いたんです。『なんかあった?』って。相手は『なんでもない』っていって戻っていきました。

まあそうですよね、大丈夫かって聞かれてだめだって答えるやつはそうそういないし、ほとんどしゃべったこともない相手に、なにかあったのかって聞かれてほんとうのことを話すやつもそうそういない。むしろ、その暗い声での『なんでもない』が、相手にとっての精一杯の『助けて』なんですかね。

とにかく、それで三人の間になにかがあったことを俺は確信しました。それから一層、その女子に注意するようにしました。ほんとうにおとなしい人なんで、なにかあったとき、その場面に遭遇したときには、ちょっと止めに入るとか、なにかできたらなと思って」

 おせっかいですよね、と苦々しく笑う雪森くんに先生は、いや立派だよといった。