忘れた教科書をきちんとかばんに入れて帰った家で食べたメロンパンは、なんだかやけにぽそぽそしているように感じた。雪森くんの冷たい声、廊下を歩いていくときのなんでもないような表情が、頭の奥にこびりついている。そして、走るようにして廊下を進んでいった女の子——高瀬さんという人だった——の、こちらまで苦しくなるような表情も。

 たくさん牛乳を飲みながら、ひとつのメロンパンを食べた。

 夕方のニュース番組を眺めながら、雪森くんの残酷な言葉がどんどん耳の奥でよみがえる。

 『俺、ぶすって嫌いなんだよ』
 『俺はおまえが好きじゃない』
 『それで大騒ぎすんのって、ぶすだけだろ?』

 わたしはぎゅっと、ソファにおいてある丸型のクッションを抱いた。

 高瀬さんはいっそ、いいふらしちゃえばいい。雪森くんは、平気で人をぶすとかいってしまうような人なんだって、いいふらしちゃえばいい。高瀬さんのいうとおり、それで雪森くんには、美人だってきっと寄りつかなくなる。それで後悔させてやればいい。偉そうに人を美人とかぶすとか振り分けていると、誰も寄りつかなくなるんだって、教えてやればいい。

 「元気?」とお母さんが声をかけてきた。夜ごはんの下ごしらえを済ませて、マグカップを持っている。お母さんがソファの隣に座ると、そちらがふわりと沈んだ。ほんのりと紅茶のいい香りが流れてくる。

 お母さんはわたしとは違って、決してふとっていないし、目元も涼しげで、きれいな人といった雰囲気がある。わたしの丸い目も、上唇がちょっと下唇にかぶさったような小さな口も、全部お父さんに似たもの。

 「なにか飲む?」といわれて、「ううん」と首をふる。

 「なにかあった? 元気なくない?」

 ちょっと迷ってから、「学校に……」と口にする。

 「怖い人がいた」

 「先生?」

 「ううん、同じクラスの男の子」

 「がらが悪いの?」

 「そういうわけじゃないけど……。美人が好きなんだって」

 「男の子なんてそんなものでしょう。わたしのお父さんだって、あんな見た目のくせに他人のことは見た目重視だもん」

 「でも、平気で人を……ぶすとか、いうの」

 「じゃあいってやるといいよ、『あんたにだけはいわれたくない』って。心が醜いのはほんとうに罪だよ」

 「わたしがいわれたわけじゃないんだけど……」

 「誰かがいわれてるのを聞いたの?」

 わたしは黙ってうなずいた。

 「止めなかったの?」というお母さんの声は、ちょっと怒っているようにも聞こえる。

 「だって、ふたりきりで話してたんだよ。わたしは盗み聞きみたいな感じになっちゃって……」

 「そう」

 「わたしもひどいこといわれるのかな」

 「実際にいわれたときには『あんたにだけはいわれたくない』っていってやるべきだよ。『あんたがわたしをどう思おうとわたしはあんたより心は美しい』ってね」

 「うん……」

 「その子自身がどんな見た目なのか知らないけど、心が醜ければ幸せにはなれないんだから。放っておいてもその子にはいい人は近づかないよ」

 「うん……」

 『美人だって寄りつかなくなる!』と叫んだ高瀬さんの震えた声が耳の奥に響いた。