「雪森くんは、シンシア・ローズが一番好きなの?」

 「そうだな……あとはやっぱり、ジェニファー・オルダス。あの人の作品はドタバタコメディって感じで、たまに先に進めないくらい笑うこともある」

 「え、ジェニファー・オルダスって——」

 やっぱり。『天使に羽根をさずけて』の人だ。

 「タイトルを見ると、しっとりした話って感じだけど」

 「邦題って原題とはだいぶ印象が違ったりするんだけど、ジェニファー作品は原題もこんな感じなんだよ。訳者さんのあとがきによると、『天使に羽根をさずけて』の原題は『天使の翼』なんだとか。

海外のほうでもタイトルとのギャップが大きいって騒がれてるんだ。ファンはそれを知ってるから楽しんでるんだけど、はじめてジェニファー作品を読んだ人の中には、タイトルから想像した内容とまるで違った、って、悪い意味でいう人もいるくらいで」

 「ああ、そういうのってあるよね。わたしも、いつか読書感想文のために読んだ本にそうだったのあるもん。かわいらしい題名で、裏のざっとした内容の紹介文もコメディっぽい感じだったのに、中身はだいぶ重い話っていう。感想文はなんとか書いたけど、読んだあとはしばらく引きずったね」

 「うわ、それきついね」と雪森くんは苦々しく笑う。

 「しっとりした話だと思ったらドタバタコメディだったっていうほうがまだいいね」

 「ほんとうだよ。明るい話を期待してそうじゃなかったときにはもう……病むもん」

 「紺谷、感受性強そうだから余計きつそう」

 わたしは一口、紅茶を飲んだ。

 「やっぱり、ノンフィクションでもないなら明るい話がいいよね」と雪森くん。

 「シンシア・ローズの作品は、ほかのもみんなあんな感じなの?」

 「もう読んだの?」と、雪森くんはきれいな目を期待にかがやかせる。

 わたしはなんとなく体や顔が熱くなるのを感じながら、「うん」とうなずく。

 「もう帰ってから読んで、そのまま夜中に読み終わった」

 「すごい。速いんだね」

 「まさか会えると思わなかったから、まだ家にあるけど……」

 「いいよ、全然。なんならあげるよ」

 「いやいや! 月曜日、月曜日に返すから!」

 雪森くんはくすっと笑うと、「そんなに急ぐなら、あしたでもいいよ」とちょっと意地悪っぽくいった。

 これは……⁉︎

 あしたも会えるの、って素直に喜ぶべき?
 がつがつせず、おとなしく静かにすべき?

 わたしが答えを出すより先に、雪森くんが吹き出した。

 「かわいい、紺谷。顔真っ赤だよ?」

 「う、うるさい……!」

 雪森くんが意地悪なこというから……。

 必死に顔をそむけるのに、雪森くんはずいっと身をのり出してくる。

 「あしたはなにか予定あるの?」と、まるで内緒話でもしてるみたいにいわれると、息が止まったみたいになって、さらに顔が熱くなる。