お年玉いっぱいもらったから、といって、雪森くんが一冊、本を買ってくれた。

わたしは雪森くんと同じものを同じときに読んでみたいと思ったのだけれど、「先生のことだから、そのうち話し手と聞き手を逆にしてあのときと同じことさせるかもよ」といわれて、たしかにと思ってしまい、雪森くんとは違うものを選んだ。

あれから先生はなにもいっていないけれど、棒は大切に持っておけといっていたし、なにより、常に緊張感を持っていなさいといっていた。あの棒にさえ、緊張感を持たなくてはいけないのかもしれない。

 スムーズに会計を済ませて戻ってきた雪森くんに「ありがとう」と「ごめんね」を繰り返しながらお店を出た。

 それから、どういうわけか自転車で「あの十字路まで」「あの信号まで」と競走しているうちに、知らないお宅の前に着いた。

 門の内側に立派な木がある。葉っぱがとげとげした感じで、真っ先に『松』の名前が頭に浮かんだけれど、植物は詳しくないから、違うかもしれない。

 「松だよ」と雪森くんがいった。

 「黒松っていってたかな。松には性別があって、黒松は男なんだって」

 「へええ。女の子もいるの?」

 「赤松っていうのが女の子って聞いたかな。黒松と赤松の花粉で、松ぼっくりができるんだって」

 「へええ、詳しいね」

 「全部父さんから聞いたんだよ」と雪森くんは照れたようにいう。

 と、ここでようやく、ここが雪森くんの家の前であることに気がついた。

 雪森くんは門を開けて、自転車を押して中に入っていく。振り返って「おいで」といわれると、体が勝手についていってしまう。

 門から数メートル先の玄関ポーチに、支柱を立てた植木鉢が置いてあり、支柱の足元にふさっと葉っぱが生えている。

 「ダリアだよ。ピンクの中輪だって」と雪森くんが教えてくれた。

 「中輪?」とたずねると、「そんなにおっきくもなく、小さくもないやつ」と加えて教えてくれる。