理科の授業で、軽い玉よりも重い玉のほうが坂を転がるのが速いと学んだけれど、まったくそのとおりで、わたしがのった自転車は、くだり坂はものすごい勢いで進み、のぼり坂はどれだけペダルに体重をかけても、バランスが取れないほど進まない。
おかげで、大通りをいけば十分ほどで着く本屋さんに、三十分ほどかけてたどり着いた。これでちょっとは肺も鍛えられたはず。だって体はじんわりと汗をかき、大きく開いた口はこれでもかと息を吸って吐いてと繰り返している。
自動ドアをくぐって入った店内はあまり涼しくなくて、さらに汗が吹き出しそうになる。汗をかいてはだめとは考えず、冷静にハンカチで汗をぬぐう。汗は、かいちゃだめと思えば思うほど吹き出してくるから。
止まってと願っているのに次々出てくる汗はきっと、わたしのことが嫌いなんだと思う。これでどうだと制汗剤を使えば、むだな足掻きよと笑うみたいに肌がかぶれるし。
海外の小説ってどのあたりに置いてあるんだろうと、きょろきょろ見回しながら通路を進む。
ふと、『海外小説』と書かれたプレートが貼ってある棚を見つけ、その前に向かう。棚の上のほうは、よく聞くミステリー作家の作品が並んでいる。あと、有名なファンタジー作品。
そのほかには、わたしの知らない作家さんの新刊。こちらを向いた表紙が『シリーズ待望の第3弾‼︎』と書かれた帯を巻いている。あちらには『衝撃の最終章』と書かれた帯も見える。あ、あと『伝説の刑事が21年ぶりに帰ってきた!』というのも。
どれもこれも事件のにおいばかりで、恋の甘いにおいがしない。
ジャンルで売り場が分けられてるような感じなのかな……と考えたとき、「え、紺谷?」と声がした。
とっさに振り返れば、「雪森くん……⁉︎」と声が飛び出した。
ほんの少し暗い白のポロシャツに、右の膝のあたりが白っぽくなっている淡い青のデニムパンツ。なんてことのない格好なのに、はじめて見る私服姿は、とても貴重なものに思えて、どきどきする。
「きょうはいい日だ」という雪森くんの声に顔が熱くなる。ああもう、もっとちゃんとした格好をしてくるんだった。
「雪森くんは、……よくくるの?」
「うーん、月に何回かって感じかな」
「わたしの十倍はきてる」と笑うと、雪森くんも笑ってくれた。
雪森くんは棚の低い位置を覗きこむように腰を曲げると、「きょうはね、グリタリングロマンスの発売日なんだ」といった。
「グラタン……?」
腰を伸ばしてこちらを向いた雪森くんは笑っていた。
「紺谷、おなか空いてるの?」
おだやかな声のいう意味がわかった途端、かあっと顔に熱が集まる。グラタン……食べ物だ……!
「かわいい、ほっぺたりんごみたいになってる」
「うるさい……!」
「グラタリング……あ違う、グリタリングロマンス」
グラタンうつってきた、と雪森くんは笑う。
「グリタリングロマンス?」
「『籠バラ』みたいな本を出してるレーベルの名前だよ。ああいうの、ロマンス小説っていうんだって。ネットで、こういうの買ってきたーって写真を載せてる人がいるけど、そのほとんどが本の周りにかわいらしい小物とか置いてるのね」
「それは?」
「女の人が多いってことじゃない? 読んでるの」
「雪森くん、そういうの気にするの?」
「いや、全然」と彼は肩を持ちあげる。
「紺谷は? 授業で内容聞いたり表紙見たりして驚いた?」
「ううん、見たことない感じの表紙だなって思っただけ。いろんな本があるんだなって。すごくいい“授業”だった」
雪森くんはうれしそうに楽しそうに、小さな顔に笑みを広げた。
「じゃあ……授業のつづき、する?」
おかげで、大通りをいけば十分ほどで着く本屋さんに、三十分ほどかけてたどり着いた。これでちょっとは肺も鍛えられたはず。だって体はじんわりと汗をかき、大きく開いた口はこれでもかと息を吸って吐いてと繰り返している。
自動ドアをくぐって入った店内はあまり涼しくなくて、さらに汗が吹き出しそうになる。汗をかいてはだめとは考えず、冷静にハンカチで汗をぬぐう。汗は、かいちゃだめと思えば思うほど吹き出してくるから。
止まってと願っているのに次々出てくる汗はきっと、わたしのことが嫌いなんだと思う。これでどうだと制汗剤を使えば、むだな足掻きよと笑うみたいに肌がかぶれるし。
海外の小説ってどのあたりに置いてあるんだろうと、きょろきょろ見回しながら通路を進む。
ふと、『海外小説』と書かれたプレートが貼ってある棚を見つけ、その前に向かう。棚の上のほうは、よく聞くミステリー作家の作品が並んでいる。あと、有名なファンタジー作品。
そのほかには、わたしの知らない作家さんの新刊。こちらを向いた表紙が『シリーズ待望の第3弾‼︎』と書かれた帯を巻いている。あちらには『衝撃の最終章』と書かれた帯も見える。あ、あと『伝説の刑事が21年ぶりに帰ってきた!』というのも。
どれもこれも事件のにおいばかりで、恋の甘いにおいがしない。
ジャンルで売り場が分けられてるような感じなのかな……と考えたとき、「え、紺谷?」と声がした。
とっさに振り返れば、「雪森くん……⁉︎」と声が飛び出した。
ほんの少し暗い白のポロシャツに、右の膝のあたりが白っぽくなっている淡い青のデニムパンツ。なんてことのない格好なのに、はじめて見る私服姿は、とても貴重なものに思えて、どきどきする。
「きょうはいい日だ」という雪森くんの声に顔が熱くなる。ああもう、もっとちゃんとした格好をしてくるんだった。
「雪森くんは、……よくくるの?」
「うーん、月に何回かって感じかな」
「わたしの十倍はきてる」と笑うと、雪森くんも笑ってくれた。
雪森くんは棚の低い位置を覗きこむように腰を曲げると、「きょうはね、グリタリングロマンスの発売日なんだ」といった。
「グラタン……?」
腰を伸ばしてこちらを向いた雪森くんは笑っていた。
「紺谷、おなか空いてるの?」
おだやかな声のいう意味がわかった途端、かあっと顔に熱が集まる。グラタン……食べ物だ……!
「かわいい、ほっぺたりんごみたいになってる」
「うるさい……!」
「グラタリング……あ違う、グリタリングロマンス」
グラタンうつってきた、と雪森くんは笑う。
「グリタリングロマンス?」
「『籠バラ』みたいな本を出してるレーベルの名前だよ。ああいうの、ロマンス小説っていうんだって。ネットで、こういうの買ってきたーって写真を載せてる人がいるけど、そのほとんどが本の周りにかわいらしい小物とか置いてるのね」
「それは?」
「女の人が多いってことじゃない? 読んでるの」
「雪森くん、そういうの気にするの?」
「いや、全然」と彼は肩を持ちあげる。
「紺谷は? 授業で内容聞いたり表紙見たりして驚いた?」
「ううん、見たことない感じの表紙だなって思っただけ。いろんな本があるんだなって。すごくいい“授業”だった」
雪森くんはうれしそうに楽しそうに、小さな顔に笑みを広げた。
「じゃあ……授業のつづき、する?」



