ホームルームが終わって、みんなが一斉に席を立つ。かばんを持って、教室を出ていく。いくつかの、誰かが誰かを呼ぶ声が重なって、足音と、なにかがなにかにぶつかる音と渦を巻いて、教室全体に広がっていく。

 金曜日。聞こえる声も足音も、なんとなくうれしそうな、楽しそうな。

 このまま、とわたしは思う。

 このまま、と、席に座ったまま。

 このまま、わたしが席を立たないで、みんなが教室を出ていってしまうのを待っていたら、雪森くんも同じようにしてくれるかな。

 体がちょっぴり熱くなって、なんとなく、心臓がうるさいような感じがする。

 雪森くんも同じようにしてくれるかな、なんて、期待してるんじゃなくて、ちょっと気になってるだけなのに。

 「紺谷」

 いつの間にかしんとしていた教室に、聞こえたらいいなと思っていた声が聞こえた。

 「帰らないの?」と、斜め後ろの席から。

 わたしは胸の奥がたしかによろこんでいるのを感じながら、振り返る。

 「この間の本、」といってみる。

 「この間の本、まだ持ってる?」

 「授業で話したやつ?」

 わたしは黙ってうなずいた。

 『籠に一輪のバラを残して』。

 「借りていい?」といってみると、雪森くんは「もちろん」といって、かばんの中から文庫本を取り出した。今は本屋さんの、紙製のブックカバーがかけられている。

 差し出されたそれを受け取ると、授業のときに見たよりも分厚く感じられて、ちょっと気圧(けお)される。

 なんでもないふうを装って、そっと表紙を開いてみると、たしかに左から右に向かって『籠に一輪のバラを残して』という題名が書いてある。その下に『原題:』と書いて英語が並んでいるけれど、わたしには読めない。唯一『by Cynthia Rose』だけが読める。シンシア・ローズ著、という感じだと思う。

 「なるべく早く返すね」といってなんとか笑う。

 こんなに分厚いの、読んだことない……。読書感想文といっても、裏に『傑作長編!』とか『著者渾身の最新長編!』とか書いてある中で一番ページ数の少ないものを選んでいたくらいだから。しかも、本全体の見た目で選ぶのではなく、実際に本編の一番後ろのページを開いて、数字の大きさを比べるまでに徹底していた。

 「ゆっくりでいいよ」と雪森くんはいってくれた。

 「ほかにもすすめたいのいっぱいあるから、感想聞かせてよ。『おもしろかった』『つまんなかった』だけでも」

 「うん、ありがとう」

 こういわれると、不思議とあっという間に読めてしまいそうな気になってくる。早く家に帰って、中を読んでみたいと思えてくる。

 早く、雪森くんと話がしたい。

 早く、ほかにすすめてくれる本を読んでみたい。