『籠に一輪のバラを残して』——その題名は、マデリンとジョナスの迎える結末を表したものだった。

 マデリンはある日、お母さんに『あなたが素敵な人と結婚してくれただけで十分過ぎるほどの孝行よ』といわれて以来、ジョナスとふたりで暮らすことを思うようになり、ついにはジョナスと一緒に家を出ることになるという。

 作中にバラの花は出てこないけれど、籠は実家のこと、バラはマデリンの、両親とジョナスへの愛。その愛を残して、マデリンとジョナスは家を出ていく。わたしが想像した悲しい話とはまるで違う、愉快で愛おしい、恋と愛の物語だった。

 話を聞き終わっても、授業はまだつづいていた。みんな、まだそれぞれの相手からそれぞれの本について、話を聞いている。

 「雪森くんは」とわたしはいってみた。

 「なんで、その本をわたしに教えてくれたの?」

 「先生は、自分の話した本について興味を持ってもらうだけで、読んでもらわなくてもいいっていってたけど、俺は紺谷に読んでほしいんだ」

 「すっかり最後まで教えてくれたのに?」

 「俺が話したんじゃ、おもしろさの全部は到底伝えられないから」

 雪森くんは机に置いた文庫本を見て、「これ以外にも」とつづけた。

 「いいなって思ったものはいっぱいある。でも、これが一番、ずっと笑ってればいい感じだったから、すすめやすいと思って」

 「読んだほうがいい?」

 雪森くんはちょっと照れたように笑って、うなずいた。

 「俺は、こういう話の中の男みたいになりたい。……そして紺谷を、こういう話の中の女の人みたいにしたい」

 「小作人の娘で、恋愛を諦めるような人に?」と意地悪をいってみると、雪森くんはもやもやしたように口をぱくぱくさせて、「いいから読んで!」と叫んだ。