入学式の次の日。

 「雪森くんってかっこいいよねえ」

 ふと聞こえた、そんな言葉。

 「わかる〜。いつも本読んでるけど、どんなの読んでるんだろう」

 「聞いてみたら? 『雪森くぅ〜ん、なに読んでるのぉ〜?』って」

 「やだぁ、わたしそんなぶりっこじゃないしー」

 あははははと笑い声があがった。

 「紺谷(こんたに)さんだっけ?」と声をかけられて、わたしははっとした。頭の中から、ぼんっとパンのことが消え去った。

 目の前には、さらさらの髪の毛の女の子。小野さん。

 「うん、紺谷莉央(りお)

 「雪森くん、かっこいいと思わない?」

 「えっと……」

 教室を見回すと、「ほら、窓際の一番後ろの!」と教えてくれた。

 たしかに、本を読んでいる、きれいな顔立ちの男の子がいる。

 「本読んでる人?」

 「そうそう。かっこよくない?」

 「たしかにかっこいいね。漫画から飛び出してきたみたい」

 あはは、と小野さんは笑った。

 「たしかに! 漫画から出てきたみたい」

 「でも気をつけなよ、おのっち」と別の女の子。今泉さん。

 「雪森くんは自分でもいい切っちゃうほどの美人好き。おのっちにも興味ないかもしれない」

 「そんなことはわかりきってるよ」と小野さん。

 「だって小学校六年間同じクラスだったけど、」

 「え、そんなことあるの?」

 おどろいて、思わず言葉をさえぎってしまった。

 「小学校、六年間ずっとクラスが同じだったの?」

 「そうそう。雪森くん以外にも、このいずみっちも六年間一緒」

 「すごいねえ……」

 「クラス、二つしかなかったからね」と今泉さん。「もっとあったら、きっとこうはいかなかったよね」

 「へええ」

 わたしの小学校も二つしかクラスがなかったけれど、六年間ずっと同じクラスだった人なんてひとりもいない。

 「で、雪森くんとはずっと同じクラスだったけど、全然わたしに興味があるようなそぶりは見せてくれなかったもん。同じ班でなにかやったりしたこともけっこうあったのに、だよ? わたしはもう諦めてるって」

 「へええ〜?」と今泉さんが疑うように小野さんを見る。「それでも諦められないのが女子ってもんでしょ〜?」

 「いや、ないってば。見てくれっこないもん。雪森くんから見て、わたしは美人じゃないの」

 「自分では思ってるけど?」

 「ぶさいくじゃないと思ってるだけ。美人だとは思ってない」

 「急におとなしくなったじゃん。雪森くんに選んでもらえなかったのがそんなに効いた?」

 「うるさいなあ」と唇をとがらせる小野さんに、今泉さんは「あはは!」と声をあげて笑った。