ある日の国語の授業の終わりぎわ、坂本先生が「ところでさ」といった。

 「なになにの秋ってあるでしょう」

 食欲と芸術と……みたいなことかな。

 「まあ、とりあえずみんな、思いついたのいってごらん?」

 「食欲ー」と真っ先に男子がいった。

 「睡眠ー」と誰かがつづく。

 「怠惰(たいだ)の秋ー」

 「おお、誰だ怠惰とかいったの」と先生が苦く笑う。

 「芸術ー」

 「はーい、運動ー」

 「読書ー」

 「あとなに? 食欲とか?」

 「いや真っ先に出たじゃん。やっぱり睡眠の秋でしょ」

 「はいはーい、まあそんな感じだよな? でね、先生思うわけよ。それだけのことをやったら、秋ってめちゃくちゃ忙しくなるでしょう? で、俺が考えたのが、読書の春、スポーツの夏、芸術の秋、食欲の冬、だ」

 「ええー?」と一気に教室が賑やかになる。

 「夏にスポーツとか死ぬでしょ」

 「最近の暑さは先生が若いころみたいに生やさしいもんじゃないんですけどー」

 「やかましい、俺もみんなと同じ平成生まれだわ」

 「あのね先生、もう平成も終わっちゃったじゃん? 今はもうね、俺たちの知らない時代なわけよ。これからの夏はね、先生、俺たちの知らない暑さがこの国を襲うわけよ」

 「やかましい。とにかく、春って読書にちょうどいい季節だと思うのね、俺」

 「俺は思いませーん」

 「で、次の時間には読書会みたいなことをしようかと思って。みんな読書会って知ってる?」

 沈黙。

 「何人かで同じ本を読んで、その本について語り合う……みたいなやつなんだけど、みんなで同じ本を読むのって嫌でしょ?」

 先生は教室を見渡して、「ね」と笑う。

 「だから、好きな本を一冊、みんなには読んできてもらいたいんだ」

 一冊、というとき、先生は人差し指を立てた。

 「ジャンルは漫画以外ならなんでもオッケー」

 「なんで漫画じゃだめなんすかー?」

 「漫画も本でしょー」

 「だってみんな、漫画は普段から読んでるでしょ?」

 「漫画を舐めちゃいけないよ、先生。漫画はインテリ層にのみ入手が許された貴重で高級なものだもん、俺たちはそうそう読めないよ」

 「いつの時代の書物だよ」と先生は苦く笑いながらつっこむ。

 「ああ……じゃあわかった、漫画もオッケーね。ただし、漫画に限って条件をつけよう。何巻あるものであっても、完結したもので、最終巻まで読むこと」

 静かな教室に、ちょっぴり緊張感がただよった。

 「で、なにがしたいかというと、読書会ってさっきいったけど、プレゼンをしてもらおうと思って。誰に対してでもいいよ、俺にしてくれてもいい。喜んで聞くよ。

相手はほんとうに誰でもよくて、特に仲のいい人でもいいし、あの人と好み合うかなって冒険してみるのもいい。冒険っていいかたはおかしいか。

で、漫画以外の本だったら、なにも最後まで読まなくてもいい。相手にその本の魅力が伝わればいい。相手にその本に興味を持ってもらえればそれでいい。

でもあれだね、最後まで読んだか読まなかったかは、あとで答え合わせをしよう。

話を聞いた人は、話してる人がその本を最後まで読んだかどうかを見極めてみよう。話を聞きながらメモをとってもいいね。

それで、どんどん質問をする。だからあれだよ、話す側の人も、どんな質問が飛んでくるかわからないから、少なくとも大切なところはちゃんと読み込んでおかなきゃいけないよ。

で、聞いた人は、その話を聞いた感想をあとで話してもらう。授業の最後にね。話し手と聞き手は、今からくじ引きで決める。棒の先をオレンジと緑に塗ったから、……どっちにする? オレンジを話し手にする?」

 「緑がいいでーす」と声があがり、「異論は?」と先生が教室を見渡す。

 「ないね。じゃあ、引いた棒の先が緑だった人が話し手、オレンジだった人が聞き手ね」

 先生は黒板の端に、『国語』と書くと、『緑 話し手』『オレンジ 聞き手』とつづけた。

 「じゃあ集まってー」と手招きされるまま、みんなで席を立ち、教卓の周りに集まる。

 「全員で同時に引いて」という先生の声のもと、わたしたちはそれぞれ、箱から飛び出した棒を一本、手につかんだ。

 「せーの」とひとりの女子が合図を出し、それに合わせてみんな一斉に棒を引きあげた。

 「うわー」とか「よっしゃ!」とか、一気に賑やかになる。

 わたしが引いた棒は、先をオレンジ色に塗られていた。

 ふと「佐々木、交換しようぜ」という声があがり、「だめでーす」と先生が答えた。