慣れない中学校生活にやっと少しづつ馴染んできたかなというころには、カレンダーはもう五月になっていた。家のリビングの壁に貼ってあるカレンダーに、『5』の数字と一緒に『May』の文字が見えた。

 担任の坂本先生が数日前のホームルームで、「中学校には慣れてきた?」とやさしく教室全体にたずねた。

 教室はしんとしていたけれど、先生は「そっか、慣れたか」と話を進めた。

 「口の中のアイスが溶けて飲みこんだら、次の一口を食べるよな」

 アイス、という甘い言葉に顔をあげると、やわらかく微笑んだ先生の顔が見えた。

 「今ちょうど、みんなアイス飲みこんだところでしょ。さ、次の一口を食べようじゃん」

 「アイスくれるのー?」とひとりの男子がふざける。

 「席替えをしよう」と先生はいった。

 「もう?」というような声で教室がざわついた。

 「いいかい、小学校とはがらっと変えていくよ。みんなには常に緊張感を持って過ごしてほしい」

 そんな……と思ったのはわたしだけじゃないようで、「ええー」と抗議の声があがる。

 「そのひとつ目のステップが入学で、今のぼる、ふたつめのステップが席替えだ」

 「慣れた人同士でくっついてちゃだめってこと?」

 「ご名答。ああでも、もちろん休み時間は自由にしていいからね。みんなにはね、この三年間、少しでも多くの人と接してほしいんだ。いろんなことを話してほしい。

どんな話でもいいよ、シャーペンの芯ってやっぱりBがちょうどいいよねとか、いや俺はHBがいいなとか。テストの結果がどうだったとか、次の教室移動めんどくさいなとか。

たまには、坂本の話って退屈だよなとか、坂本のやつさっき漢字間違えてたよな、なんていう話でもいい。あ、でもたまにだよ、たまに。あんまりしょっちゅうだと泣くからね、俺」

 「坂本の話って退屈だよなあ」と男子が声をあげた。教室がじんわりと笑う。

 「はーい、これで一週間、俺の悪口を話題にあげるの禁止でーす」

 「うわ最悪」という男子にみんながちょっとづつ笑った。