それからしばらく経っても、雪森くんのわたしに対する態度はまるで変わらない。

 朝に会ったときには、「紺谷だあ」とか「ああ、紺谷〜」と声をあげ。
 給食中に目が合えば、『多い?』だか『おにぎり?』と口を動かして。
 たまに授業中に目が合えば、『あらい』だか『あわい』と口を動かす。

 でも、これだけ雪森くんが賑やかにしていると、自然と周りの視線が集まるわけで。

 今では、ちょろちょろと「雪森って、でぶが好きなの?」「雪森のいう美人ってああいうタイプ?」という声が聞こえてくる。

 それなのに、雪森くんはわたしにかまってくる。「紺谷」「紺谷」と、まるでこちらが投げたボールを拾ってきて、次の一投を待っているいぬみたいに、無邪気に名前を呼んでくる。


 「ちょっと雪森ぃ〜」と女の子の声。「雪森ってまじで、でぶが好きなの?」

 見れば、雪森くんは自分の席で本を読んでいる。

 「違う」

 「でも紺谷さんと仲いいじゃーん?」

 「紺谷はでぶじゃない」

 「え、ふとってない?」

 「紺谷は美人だ」

 「ええ〜、ありえなーい!」

 「おまえを美人だっていう声を聞いた俺くらい驚いてるな」

 「はっ、なにそれ?」

 「だからいってんじゃん、俺はぶすが嫌いなの。しゃべりたくもない」

 「雪森の中ではわたしってぶすなわけ?」

 「おまえみたいなのは誰でもぶすだと思うだろ」

 「親戚にもご近所さんにもかわいい子で通ってるんだけど」

 「見る目のないやつが多くてよかったな」

 しばらくして、「紺谷さんのどこがいいの?」と女の子の声がいった。

 「おまえはなんでそんなに俺の好きな人に興味津々なわけ?」

 ばん、と机を叩く音がした。「……鏡、見てみなよ」とつづいた女の子の声を、雪森くんは「くだらねえ」とあざ笑う。

 少しの沈黙のあと「雪森って、あんまり性格よくないんだね」と女の子がぼそぼそとつぶやいた。