「私は、ママに捨てられればこんな命はすぐに終わってただろうって思う。いっそそのほうがマシだったって思うくらい、この暮らしは苦しかった」

「そうね…」

「でもママは私を捨てなかった。どこかでママも戻りたいって願ってたからじゃないの?」

「戻れないわよ…。もうまつりの前で何を言えばいいかも分かんなくなって、この手にはまつりを殴った感触しか残ってたなかった。小さかった手も、柔らかい頬っぺたの感触も全部忘れて…あんたを支配することしか出来なくなってた」

「私の生活を支配することで、自分の一挙手一投足で私の状況が変わることを分かっててママはそれを自分の存在価値に変えた。もうそうすることでしか私と関わることも出来なくなってたんだね。だから私が自分で終わらせてくれることを待ってた。私がママに歩み寄るなり…死ぬなりして…。それが今なんだね」

ママがデニムのスキニーパンツのポケットから二枚折りにした写真を出した。

女性と小さい女の子。
一歳か二歳くらい。
中腰になって女の子の背丈に合わせる女性の腕にしがみついている。

私とママだ。

「まつりを守る為の腕で、まつりを殺そうとしてた。なんでママのせいだって言わないの。ママに殺される、助けてって言えばあんたは解放される。何もかも捨てて、生まれ変われる」

「真翔みたいなこと言わないでよ」

呟いた私の顔を、ママが不思議そうに見た。

「私がママを捨てても、過去はずっと追いかけてくる。救いにはならない。一生ママを許せないまま自由になったって、愛してもらえなかったって事実が残るだけ。幸せになんてなれない。私も、ママも」

「でもここに居るよりはずっと!」

「分かってるよ!そんなこと分かってるに決まってんじゃん!ママが言うなよ、いきなりなんなんだよ!大体さぁ、今だって突然帰ってきて、急に人が変わったみたいにごめんなさいってなんなんだよ!どんな思いで生活してたと思ってんの?暴力?精神病?こっちは餓死しそうだったの!思い出に浸ってるのかなんなのか知らないけど急に改心したって信じない!」

「まつり…」

「それでも!それでも…私はママを許したかった…。ママが私を産んだことを後悔して、私がママの人生を奪ったんなら変えたかった。私を産んで良かったって…変えたかった。殴られた分、言葉で抉られた分、この腕の線の数だけ私は何度でもママを恨むと思う。憎しみで気が狂いそうになって死んでしまいたいって思うかもしれない!それでも私は今でもママに愛されたいって思うから…だからここに居るんだよ…!!!」

「ごめ…ごめん…ごめんなさい…まつり…ごめんなさい…!」

ママが頭から私を抱え込んで叫ぶように泣く。

私を殴る為にあったみたいな腕で、私を抱き締めて。

ママに心から愛されていた頃の記憶はもう戻らない。
どうしたって苦しくて暗い記憶ばかりだ。

それでもこの抱き締める強さを、ママの温度を、それだけを繰り返し思い出せるように、私はこの腕でまた、ママにしがみついた。