「元の世界に戻りたいか?」
「戻れたとしても、もう私は死んでいると思います。それに、今はこっちの世界にいたいとも思うのです。ここで好きなものができたから」
 はにかみながらそんな言葉を口にする彼女がとても愛おしく思えた。
「そうか。だったら、ずっとここにいたいと思わせなくてはな」
 クスッと笑うと、身を屈めてマリアにキスをする。
 ――不思議だ。彼女に触れると、優しい気持ちが溢れてくる。
 それは彼女の優しさが自分に伝わってくるからかもしれない。
 キスを終わらせると、彼女が恥ずかしそうに言う。
「あの……婚姻前なのに、こんなにキスしちゃっていいんでしょうか?」
「隠れてする分にはいいんじゃないか?」
 侍従が見たら咎めるだろうが、陛下とてしきたりをしっかりと守ってはいないだろう。
「本当はダメなんですね。……アレックス様ってしきたりは必ず守る方かと思っていました」
 フフッと笑う彼女の唇に指でゆっくりと触れた。
「誘惑には勝てない時もある」
「ゆ、誘惑なんてしていませんよ」
 あたふたしながら否定する彼女が面白い。
「いや、その目が俺を誘ってる。そろそろ眠れ。今日は疲れただろう?」
 チラリと時計を見て寝るよう促すと、彼女は急に表情を変えて俺に確認してきた。
「……夢じゃないですよね?」
「夢に思えるのか?」
「なんだか幸せすぎて……怖くなるんです。ごめんなさい。目が覚めたらまた違う世界にいたらどうしようって……考えると……怖くなって……」
 実際、彼女は別の世界やってきた。
 その不安は一生なくならないかもしれない。だったら俺がなくしてやらなければ。
「明日、朝起きたらこの指輪を俺に返してほしい」
 俺の左手の薬指にある自分の瞳と同じ色をしたエメラルドの指輪を外して彼女の手に握らせる。
「え? でも、これは世継ぎである証拠の指輪じゃないですか?」
 困惑する彼女に優しく微笑む。
「そうだ。だから、夢じゃないって思えるだろ?」
「こんな大事なもの、本当に私に預けていいんですか?」