「今日は公務があるから学園の方へは午後顔を出す。なにかあれば、ルーカスに相談するといい」
 朝食を食べ終えると、向かい側の席に座っていた彼が椅子から立ち上がる。
「はい。大丈夫ですよ。だいぶ慣れましたから」
 私も席を立って、彼と一緒にダイニングを出る。
 城で暮らし始めて三週間が経った。
 最初の三日間は緊張でアレックス様や彼のご両親である国王陛下ご夫妻と話をするのもビクビクしていたのだけれど、今はなんとか会話のキャッチボールはできるようになった。
 私が記憶喪失ということになっているせいか、国王夫妻や他の城の人たちは皆私に親切にしてくれる。
 私の悪評の件はアレックス様がデマだと言ってくれて、皆もそれを信じているようだ。
 最初は城で暮らすなんて気を休める場所がなくて絶対に無理だと思っていたのだけれど、意外にも居心地良く感じる。
 それはやはり継母やシャーロットがいないせいだろう。
 公爵邸にいる時は、なにを言われるんだろうといつも身構えていたような気がする。
アレックス様の公務がない時は、孤児院に一緒に行って子供たちと遊ぶ。そのひと時がとても楽しい。異世界も悪くないな……って初めて思えた。
「そうかな? 階段の昇り降りはくれぐれも注意しろ。急に走ったりするな。あと、異性をじっと見つめるな」
 アレックス様がそんな注意をされるのは、よく私が彼の前で転びそうになるから。
 所作はアリスのままだけれど、咄嗟の行動は中村真理の癖が出てしまう。
 だから、ドレスを着ていることを忘れて躓いたりしてしまうのだ。その時いつも彼が助けてくれて無様に転ばずに済んでいるのだけれど、最後の言葉が意味不明でキョトンとする。
「は? 最初のふたつは身に覚えがあるんですが、最後のがよくわかりません」
 私の返答を聞いて、なぜか彼は数秒黙る。
「……わかってないならいい。とにかく可哀想な男が増えるから気をつけろ」
 可哀想な男ってなに?
「私って目からなにか出てるんですか?」
 気になって尋ねると、彼は溜め息交じりに返す。
「ああ。ある意味魔力に近いな」
「えー、そんなに酷いんですか?」
 ショック。私、目から変なビーム出てるのかな。
「ところで……」
アレックス様が不意に私の顔に触れてきて、またキスされるかと思ったら違った。
「目の下に隈ができている。眠れないのか?」
 彼は鋭いなって思う。確かに最近、よく眠れない。
「……遅くまで読書していたせいかもしれません」
 彼から目を逸して答えるが、それは嘘だ。
 だって、本当のことは言えない。